【第12話】二つに一つ -後編-

オリジナル小説作品
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佐智子と訪れた寂れた神社で待ち受けていたのは、若い女性の霊媒師だった。その霊媒師の言うとおりにしたところ、佐智子は生き別れた母親と神社の境内で再開することが出来た。驚愕の力に驚きながらも、隼人は自分の知りたい祖母の真相について霊媒師の力を頼ることにする。

しかし、本当に知ってしまってもいいのか。知らないほうがいいのではないかという揺らぎの中で隼人はホテルのベッドで目を覚ました。

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知らないほうが良かった事実

ホテルに宿泊した隼人は、次の日朝5時50分に目が覚めた。いつもよりもかなり早い時間に起きたが、早く起きたというよりも眠れなかったというのが正しい。昨晩布団に入っても、今日佳代から真実を教えてもらう事への不安と恐怖が大きくなっていた。とりあえず身支度を済ませてボーっとテレビを観ていると7時になったので、ホテルのフロントでもらった朝食チケットを持って食堂へと向かった。

宿泊にセットになっている朝食はバイキング形式の朝食だった。あまり食欲もなかったが、昨晩も何も食べずに寝てしまったので、とりあえず腹ごしらえをすることにした。スクランブルエッグとウインナーと納豆、みそ汁とご飯を茶碗に軽く一杯。気休めのオレンジジュースをトレイに乗せると、隼人は隅っこの方の席に腰を下ろした。

平日という事もあり食堂はそれほど混んでいなかったが、話し声や朝食を準備する音でガヤガヤしていた。たくさんの人が朝食を摂っていたが、隼人は一つの事で頭がいっぱいで周りを気にする余裕はなかった。何気なくよそったウインナーの焼き加減が自分の好みで美味しいと思ったくらいで、朝食も作業のように口へ運んだ。味噌汁を飲みながら隼人はあることを考えていた。

それは、昨日の叔母の様子だった。佳代から祖母を殺した犯人が生きていると聞かされた時の叔母の震え方は尋常じゃなかった気がしたのだ。悔しくて震えているのか悲しくて震えているのか、それとも・・・。何かを悟っているような気がしてならなかった。もしかしたら叔母は何か自分に話していない事を隠していたのではないかという事が頭から離れなかった。

佳代との約束の時間までは3時間ほどあったが、ホテルのチェックアウトギリギリまでホテルで横になっていた。外に出ても行く宛が無いし、どこかに出掛ける気分でもなかったからだ。空は良く晴れ渡っており太陽が眩しかったが、隼人の心はどこか雲がかかったような霧がかかったような、どんよりとした気持ちでチェックアウトを済ませてバスに乗った。

最寄りのバス停で降りると、例の神社まで歩いて向かった。途中で見かけたコンビニに立ち寄っておにぎりとお茶を買って昼食代わりにした。そろそろ予約の時間になると思った頃、神社の鳥居が見えてきたので、お茶の入ったペットボトルをバッグにしまって隼人は境内の中に入っていった。

いつも通り順番待ちをしていると名前を呼ばれたのでプレハブの中に入っていった。佳代はいつも通りのいで立ちだったが、今日は何か様子が違って見えた。それは、隼人が座る側の簾が上がっており、あまり見えなかった佳代の顔がはっきり見えたからだ。どこにでも居そうな色白の女性で、細い目が特徴的な小柄な女性だった。

『どうぞ。』

佳代は座布団に座るよう隼人を促すと、大きく深呼吸をして話し始めた。

『叔母さまはあれから大丈夫でしたか?』

隼人は問題は無かったと話した。

『そうですか。では、始めますが、本当にこれ以上先に進んでも後悔はないですか?』

妙な聞き方だ。隼人はどういうことなのかと聞いてみたが、佳代は答えることは無かった。

『ここで終わりにするか、本当の事を知るか。今一度お考えになってください。その返答を持って最終判断とします。』

隼人は考えた。佳代の力は偉大だ。その佳代が、辞めた方がいいのではとアドバイスするということは、恐らく自分にとって不都合な事実もあるのだろう。きっと、佳代にはもう全てが見えているのだろう。祖母は殺された事実、その犯人は生きているという事実。それは昨日の段階ではっきりした。今日はその先の真実について聞くことが出来る。しかし、聞いてしまって後悔するくらいなら、このまま帰った方がいいのではないか。隼人は佳代が灯した蝋燭の灯のようにユラユラと揺れていた。そして、暫くの沈黙の後、真実が知りたい旨佳代に告げた。

『わかりました。』

そう言うと簾を上げたまま佳代は鏡の方へ向いていつもの祝詞を上げ始めた。今日は目を瞑るようには言われなかったが、隼人はいつも通り目を閉じて手を合わせた。祝詞が終わってこちらを向いた佳代は驚くべきことを口にしたのだ。

『お婆様を殺した犯人は、私です。』

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語られた事件の話

呆然とする隼人に佳代は、あのか細い声で話を続けた。

『お婆様に毒入りの和菓子を送って殺したのは私です。私の本名は”上岡 佳代”。あなたのお爺様が殴り殺した常連客の娘です。そして、あなたのお婆様に母を殺されたのです。』

隼人は佳代のか細い声とは裏腹に、その強烈な内容と鋭い眼光に度肝を抜かれた。そして、佳代もまた自分と同じように”犯罪被害者”として戸籍名を変更していたことを初めて知った。佳代が言っていた『知らないほうがいい事実』とはこういう事だったのか。しかし、一つ気になったことがあった。それは、祖母が佳代の母を殺したという事だ。叔母からそんな話は聞いたことが無かったので、恐る恐る佳代に尋ねてみた。

『叔母様から聞いた話で、私の父とお婆様が恋仲だったというのは本当だったようです。しかし、私の父がお婆様との関係を終わらせないまま母と付き合い始めて結婚したというのも事実です。故に、全ての始まりは父の身勝手な行動にあると思っています。』

淡々とした表情で佳代は話を続ける。

『お婆様もお爺様も、私の父を恨んでいるのはよくわかります。それは本当に申し訳ないと思っています。しかし、母は別です。母は、父とお婆様の事を何も知らずに父と結婚しただけだったんです。そして私が3歳の頃、お婆様から贈られた私の誕生日祝いのお菓子を食べて、私の母は死にました。私の目の前で泡を吹きながら、白目を向いて倒れたまま逝ってしまいました。』

なおも佳代は淡々と喋り続けたが、佳代の頬をうっすらと涙が伝っているのが隼人には分かった。

『母が亡くなってから父は一人で私を育てました。しかし、仕事の疲れやストレスから逃げるように酒を飲むようになりました。後に知りましたが、酒を飲んだ後に自分の欲望に任せてあなたの亡くなった叔母様を強姦し殺してしまったという事を知りました。私はどうしたらよいか分からなかった。何故自分だけが憎しみの連鎖に巻き込まれなければいけないのか、自分の運命を呪いました。あなたのお爺様に父が殺された後、天涯孤独になった私は仙台に移り住み、死に際の母の顔が忘れられず、お婆様に復讐したのです。』

自分が知りたかった祖母の死の真相を、まさか祖母を殺した相手から聞かされるとは思ってもみなかった隼人はその場に固まっていたが、佳代の生い立ちを聞くとやるせない気持ちになった。確かに佳代の話が正しいとすれば、佳代の母親は何も悪くなかった。しかし、祖母が逆恨みして佳代の母を殺してしまった。隼人は何がなんだか分からなくなり混乱し始めた。そんな隼人に佳代がまた語り始めた。

『私を殺しますか?』

唐突な問いかけに隼人はギョッとした。

『私を許すことが出来ますか?出来ないなら、この場で殺していただいて構いません。私はあなたの大切なお婆様を殺めたのです。恨んでも恨みきれないでしょう。赦すか、赦すまいか。二つに一つです。その判断はあなたにお任せします。私の意は決しております。』

隼人の視点で考えれば確かに佳代を許すことは出来ない。しかし、隼人に人を殺めるという考えは無かった。とは言え、佳代を許すことが出来るのかというとそれはまた別の話だ。どうしたらいいのか隼人は分からなくなってその場でうずくまった。

『叔母様ならきっと私を殺すでしょう。先日叔母様といらしたとき、叔母様は私の正体に気付いていた事でしょう。幼いころ私は叔母様にお会いしたことがありますので、顔は覚えていらっしゃるのではないでしょうか。私自身もあの時すでにあなた方の事は分かっていました。きっと叔母様は、あなたに私の正体を告げることと私に対する恨みで葛藤されていたのではないかと思います。』

確かに叔母の震え方や表情は尋常ではなかった。それであんなに震えていたのか。隼人は妙に納得感のある佳代の話を聞いていた。しかし、佳代の問いかけに答えられる筈もない。叔母がどうあっても自分が佳代を殺す動機にはならないと思ったからだ。

『あなたがこの場で私を殺すなら、恨みを晴らすことが出来るでしょう。しかし、一生人殺しの十字架を背負って生きていくことになります。佐智子さんにもそれを隠して生きていくことになるでしょう。私を許すなら、お婆様の魂が浮かばれるかはわかりませんが、人として真っ当な人生を選択することが出来ます。さあ、選択なさい。あなたは過去と未来、どちらを選びますか?』

ジリジリと詰め寄ってくるような佳代の話振りに隼人は躊躇ったが、佳代を許す選択をした。

『そうですか。本当にいいのですね?後悔はないですね?』

佳代は何度も尋ねた。隼人は小さく頷いて佳代の目を見て答えた。

『わかりました。では、お帰りなさい。出来るのであれば、あなたは今精神耗弱の状態ですから、もう一泊することをおすすめします。それでは。』

そう言うと佳代は鏡の方へ向いて静かに口を閉じた。案内スタッフに促されて外に出た隼人はぐったりとして神社のベンチに倒れ込んだ。夕陽が境内の地面を照らしている。あれだけ追い求めていた祖母の死の真相がわかったとて、何も残らなかった。ただ、隼人は憎しみの力に打ち勝ち佳代を許すことが出来た。それだけで今日ここに来た意味があったんだと自分に言い聞かせながら今夜のホテルを予約した。

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二つに一つ

隼人はホテルの部屋に入ると、佐智子に電話した。当然例の事件の真相を全て話すことは出来なかったが、今まで話せなかった自分の生い立ちや、佳代に話をして前向きに生きていくことが出来るようになった事、そしてそれは佐智子が佳代を紹介してくれたからだという事を告げた。

佐智子は最初こそ隼人の祖父母の事について動揺していたが、話してくれた事、全てを受け入れて生きていくことを応援すると言ってくれた。電話口の向こうでは佐智子の母が夕食の準備が出来たと話していた。明後日またバイトで会おうと話して電話を切った。

次の日の電車の中では、隼人はすっかり疲れておりうつらうつらしながら新幹線に揺られていた。恐らくもう京都に出向くことはないだろう。そうなれば必然的に佳代と会うこともないだろう。両親が亡くなってしまった佳代の事を考えると、隼人は胸が痛んだ。しかも、それが自分の肉親と関係がある事件に人生を翻弄されてしまったという事が、哀しさと無念さで溢れていた。

新幹線の車窓を眺めながら、人の思いというのは本当に奇妙なものだと隼人は感じていた。佐智子はずっと思い続けていた母に会えたが、佳代は叶わない思いを抱えてこれからも生きていくのだ。最寄り駅で電車を降りると、重い足取りを引き摺りながら隼人は自宅へと向かった。

自宅の玄関を入ってリビングに入ると誰も居なかった。今日は両親と叔母が夕方買い物に行くと話していたので、もう出かけたのかと思ってそれほど気にはしなかった。荷物を自分の部屋に置いて、キッチンでコップに一杯の水を手に取ると、リビングのソファーに腰を下ろした。ふと、リビングの隣にある和室の襖が少しだけ開いているのが気になった。特に理由は無かったが、何となく気になって隼人は襖へと手をかけて開いてみた。次の瞬間、思わず隼人は声を上げた。

そこには、血まみれになった父と叔母が倒れていた。

気が動転した隼人は咄嗟に監視カメラの映像を確認しようとリビングのテレビを付けた。隼人の家の監視カメラはテレビの外部接続とつながっており、すぐに映像が確認できるようになっていた。30分ほど前の映像にはいつも通りの風景が映っていたので少し早送りをすると、20分ほど前の映像から異変が現れたのが分かった。

何者かに追い詰められて和室に後ずさりする父と叔母が映り、その後二人は刃物のようなもので刺されて倒れた。その二人に対して、さらに追い打ちするかのように滅多刺しにする犯人の後ろ姿が映った時、隼人は戦慄した。それは、表情一つ変えずに振り返った佳代の姿だった。佳代は、ビデオカメラの存在に気付いており、カメラに向かって次のように語り始めた。

『きっとあなたは帰ってくるなり監視カメラのビデオを確認するだろう事は見通していました。』

ビデオに映る佳代は、隼人の行動を分かっていたかのように、隼人に語り掛けているようだった。

『あなたに、私を殺すか赦すか尋ねました。あなたは私赦す選択をしました。まるで美談のような選択をしたと思っていませんか?それは、私にとってあなたは私の人生の責任をあなたが負う事よりも、自分の幸せを選んだようなものです。私はあの時言いました。”私の意は決している”と。あなたが私を殺すことを選ぶのならば、喜んでこの命を閉じようと。』

『私は昔から不思議な力がありました。人には見えないものが見えました。だから、あなたのお婆様を殺したときも、間違いなくあのお菓子を食べるのだろうという事が分かっていた。そして私は巫女となり、あなたの家族に復讐するために、自らの家族の因縁を無かったことのように山梨県から姿を消したあなた方家族を探すために巫女になったのです。』

憎しみに満ちた恐怖の言葉を口にしながらも、佳代はあのか細い声と淡々とした喋り方は変わらなかった。佳代は更に続けた。

『私は母の最期の顔を忘れない。あの時の恐怖と悲しみを忘れない。あなた方家族を根絶やしにしてやることが、私が生きてきた意味なのです。だから、あなたにもう一泊することを勧めた。私の優しさだとでも思いましたか?すべての物事は表裏一体なのです。あなたが選んだ選択が、この結果を生んだのです。あなたが私を殺して佐智子さんを不幸にすることを選ばなかったのであれば、もう一つの選択として私の恨みは続くのです。』

そう言った佳代は最後の最後で小さく不敵な笑みを浮かべて、和室の押し入れの戸をゆっくりと開けた。そして、その中に入って戸を閉めた。しばらくするとビデオには玄関から入ってくる隼人の姿が映った。まさかと思った隼人が震えながら和室に目を遣ると、ゆっくりゆっくりと開き始めた和室の押し入れの戸が開いた。

そこには、白装束を真っ赤に染めた佳代が不気味に笑って立っていた。

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