【第3話】声にならない声の主 -後編-

オリジナル小説作品
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不気味な手紙を残して旅行に出かけたバーバラ、その手紙を受け取った翌日に首を吊ったピーター。マックイン夫妻の過去についてポールから話を聞いて、里子たちと共に初めてシェリーと会話したマリア。虐待を受けている様子が見て取れたが事実なのか確証がないため、マックイン夫妻についての情報を集めるためマリアは奔走する。

夜中の奇妙な出来事

シェリーが食べたいと言ったハンバーグは他の子供たちにも非常に好評だった。挽肉と玉ねぎのみじん切りを捏ねただけの簡単なハンバーグだったが、甘く味付けしたニンジンが意外にも子供たちに喜ばれた。バーバラが出て行ってから買い物に行けていないので、明日は子供たちを残して買い出しに行く必要があるなとマリアは考えていた。

シェリーは安心したのか他の子供たちと一緒に布団に入った。子供たちが眠りにつくまで子供たちが好きな『海の大蛇と山の勇者』の絵本を読んで聞かせていた。今日は家事に子供たちの世話にと一人でこなしていたマリアはついつい自分もウトウトして、気づいたら明日の買い出しのリストメモを作っていないことを思い出して、慌ててキッチンへ向かった。

『ブーーン』という音を立てて冷蔵庫が動いていた。ブロック肉や農場で獲れた野菜をそのまま冷蔵庫へ入れていたので、マックイン家の冷蔵庫は他の家のそれよりも少し大きかった。それでも今は食料があと僅かしかなかったので、買い出しのリストは18項目もあった。

これを一人で持って帰るのは大変だなと思いつつも、ハンバーグを嬉しそうに食べる子供たちの姿を思い出すと自分がしっかりしなくてはとマリアは感じていた。

次の瞬間、マリアは急に冷蔵庫に放り込まれたかのような寒気を感じた。

2階からあの少女の声が聞こえるのだ。シェリーなのか?シェリーは他の子供たちと寝ているはずだと思い、寝室に行ってみるとそこにシェリーの姿がない。急いで2階へ上がってシェリーの部屋へ行ってみると、声はシェリーと初めて会ったクローゼットの中から聞こえてきているのがわかった。

クローゼットを開けると『キーーッ』と乾いた音がした。真っ暗なクローゼットの中にほんの少しだけ窓からの明かりが差し込むと、そこには奥の方に顔を向けて座っているシェリーの姿があった。『シェリー?どうしたの?みんなと一緒に寝ましょう。』マリアが声を掛けるも、シェリーは何か声にならない声で床に置いたノートに何か書いている様子だった。

『シェリー?』マリアがシェリーの肩に手を掛けると霜が降りた土のように冷たく、それが子供のものだと思えないほど硬い首筋の感触があった。次の瞬間、シェリーはマリアのほうを振り返って小さな掠れた声でこう言った。

『emple hdad dell ikmo mwon thgi reva elote vahuoy』

何語なのかマリアには分からなかった。ルイジアナは元々フランス領だったことから、スパニッシュなどの文化も入り混じっている文化圏だが、聞いたことのない言葉だった。シェリーはこの言葉を延々と繰り返していたが目は虚ろだった。マリアの問いかけに対しても反応はなく、会話にならない様子だった。

マリアがシェリーに呼び掛けていると、何か地響きのような、どこから聞こえているのか分からない大きな振動がマリアの体を襲った。耳が痛くなるほどの振動でマリアはその場にうずくまった。その振動で窓のガラスが割れ、飛び散った破片にマリアは思いっきり目を瞑った。

『何が起きているの!!?』

マリアは地響きのような振動の中でそう叫んだ。次の瞬間、マリアはダイニングテーブルの上で目が覚めた。手には買い物メモが15項目の所まで書いてあった。夢か。マリアはあまりにも突然の、そして奇妙な出来事に夢だと思うしかなかった。ただ。そうだ。シェリーは?そう思い子供たちがいる部屋に急いで行ってみると、ニクソンの隣で眠るシェリーの姿があった。

『良かった・・・』

小さな声でそう呟いたマリアは念のためシェリーの部屋にも行ってみることにした。当然窓ガラスは割れているわけもなく、クローゼットはいつもの通りの佇まいだった。キーーっと音を立てて開いてみると、真っ暗なクローゼットの中にほんの少しだけ窓からの明かりが差し込んだ。それでもクローゼットの奥は暗くて何も見えなかったが、いつものクローゼットに変わりはなかった。

次の日の朝、他の子供たちと一緒にリビングに現れたシェリーに『昨日の夜起きなかった?よく眠れた?』と聞いてみた。シェリーは大きく頷いて朝食の準備を手伝ってくれた。マリアはそれ以上昨日の夢については深追いするのはやめようと思った。

ピーターの日記

買い出しに行く前に子供たちの昼食まで準備していくのはマリアにとっては大変な作業だった。

子供たちをリビングに集めて、今日買い物に行くのでお昼過ぎまではおとなしく家の中にいる様に言いつけた。子供たちは皆聞き分けもよく、バーバラも買い物で家を空ける事もあったとのことで特に問題はなさそうだった。子供たちがそれぞれ遊び始めたころ、マリアはシェリーに一つだけ質問をした。

『シェリー、トウモロコシは好き?』

『好きだよ!』そう答えたのはニクソンだった。ニクソンを軽くあしらってシェリーが答えるのを待っていると、シェリーはノートを裏返してマリアに見せた。

『トウモロコシ 怖い 嫌い』マリアには意外な返答だった。『そうなの。わかったわ。』マリアはシェリーの頭をなでてニクソンと一緒に遊びに行くように促した。

マリアがこんなことを聞いたのは理由があった。昨夜の夢(?)で聞いた意味の分からない言葉の中で一つだけわかる言葉があった。それが『Elote』だった。Eloteはトウモロコシの事で、メキシコのローカルフードとして有名だった。マリアも父が元気だったころメキシコに旅行した際に地元の市場で食べたことがあったのでその事を知っていた。

もしかしたら、シェリーがトウモロコシが食べたいということを、何かの理由で自分が夢で見たのではないかとマリアは考えたが、自分にはそんな超能力のような力は無い事だけがわかった。

ある程度想定はしていたものの、買い物は思ったより大変だった。両手に袋をぶら下げて14時を回った頃マリアは帰ってきた。子供たちは昼寝している者もいれば絵本を読んでいる者もいて静かに留守番をしている様子だった。シェリーはというと、ニクソンと一緒に絵本を読んでいた。

買い出ししてきた食材を冷蔵庫に収めて、マリアはほんの少し休息を取ることにした。スーパーで買ってきた安売りのドーナツを咥えて、牛乳をカップに注いだ。ふいに壁にかけたラジオから、ピーターが亡くなったというニュースが流れた。大きな農場を経営していたピーターは地元でも有名な存在だったらしい。ピーターの訃報を告げるラジオは続けてこんなことを言っていた。

『・・・なお、一人娘のシェリー・アマンダ・マックインは未だに行方不明となっており、再会する事なく亡くなったピーターさんには大変残念な思いです。警察はシェリーの行方を追うため、ピーターさんが残した日記を元に捜査を続けているとの事ですが、提供された日記は破れた断片となっているため限定的な捜査になるだろうとのことです。それでは次のニュースです・・・』マリアは、ラジオがシェリーの耳には入っていない事を確認して、そっと気配を消しながら2階へ向かった。ラジオで流れていた日記が部屋にあるのではないかと思ったからだ。

ピーターが亡くなった朝、警察が来て遺品の整理と遺産の受け取り関連の書類を整理して以来、夫妻の寝室には入ってなかった。

大きなクイーンサイズのベッドが部屋の中央に置かれて、天井からはピーターが首を吊った梁が存在感を出していた。その梁の下にはピーターが書斎代わりに使っていた机があったが、引き出しは4桁の数字を組み合わせた鍵が掛かっていて開かなかった。机の上は天窓になっていて、雨避けが付いているためピーター夫妻は常に開けっ放しでいた。冬でも温暖なルイジアナの気候を考えると、閉める必要は特になかった。

天窓から視線を落とすと、部屋の入口にシェリーのノートが落ちていた。開かれたページには『7502』とオレンジ色のクレヨンで書かれていた。まさかと思ったマリアだったが、ピーターの机の鍵を合わせてみた。何年も開けていない様子で少しつっかえていたが、力を入れて引っ張ると引き出しが開いた。

中にはラジオで言っていた日記と思われる冊子と、いくつかの書類が出てきた。書類は権利書だったり契約書が多かったが、1枚だけシェリーが書いたと思われる3人家族を描いた絵が出てきた。マリアをゾッとさせたのは、そこに描かれたバーバラと思われる女性には赤いクレヨンで大きなバツ印が乱暴に付けられていた。

書類と絵を引き出しの中に戻して、マリアはピーターの日記と思われる冊子をもって、ベッドに腰掛けた。開いていみると、やはりピーターが農場経営を始めたころに書き始めたと思われる日記が書いてあった。1ページに4日分ほどの内容が書かれており、1日当たりの内容としてはそれほど細かいことは書かれてなかった。

新聞社のポールが言っていた、シェリーが失踪したとされる2年前くらいの日記があった。明らかに内容が変わっており、2年前の8月17日の日付にはこう書かれていた。

8月17日

シェリーがまたバーバラから叩かれたらしい。ほっぺたが真っ赤になってリビングで泣いていた。どうやら牛乳をテーブルにこぼしたらしい。そのくらいでぶたなくてもいいのではないかと反論したが、バーバラは包丁を持ち出して怒り狂った。

宥めるのがやっとだったが、彼女の癇癪持ちには本当に苦労している。

と書いてあった。やはりマリアの推測通りバーバラが虐待を行っており、ピーターにも口止めを行っている様子が見て取れた。そして、シェリーが失踪したらしい日の日記には信じられないことが書いてあった。

9月8日

昨日バーバラがクローゼットにシェリーを閉じ込めてチェーンを掛けた。バーバラの目を盗んでパンと牛乳を持って行った。チェーンは鍵が掛かっていなかったが、頑丈に複雑に絡み合っていた。解くのには苦労したが、なんとか音を立てずにクローゼットを開けることが出来た。シェリーは暗闇でも分かるくらい痩せてしまって、可哀想だ。アザだらけで他人に見られたら大騒ぎになるだろう。

この段階で、虐待はエスカレートしており、シェリーに対してバーバラの接し方は常軌を逸していたことが分かった。

9月14日

昨日打ち合わせにやってきたポールがシェリーを最近見ないと保安官に話したらしい。同僚を連れて3名でうちに様子を見に来た。バーバラは恐ろしい女だ。驚くことに、バーバラはシェリーがどこかへ居なくなってしまって心配している母親を保安官の前で演じたのだ。その場で捜索願の書類にサインはしたが、保安官が帰った後のバーバラの第一声は『これでいいわよね?』だった。

シェリーがバーバラから虐待を受けていたこと、それをピーターに口止めしていたこと、周りに虐待が発覚する事を恐れてクローゼットにシェリーを閉じ込めたこと、保安官に噓の捜索願を出してすべてを誤魔化し、被害者のふりをしていたことがピーターの日記から読み取れた。だが、ここから先はページが無くなっていて、その後の展開がどうなったのか推測することは出来なかった。

シェリーの警告

マリアはピーターの日記を一旦引き出しにしまうと、ダイヤル錠をバラバラにして鍵が掛かっていることを確認した。

1階へ降りると、昼寝していた子供たちもトイレに行ったり積み木で遊び始めたりしていた。シェリーは何やら窓際でノートに絵を描いている様だったので、マリアが近くまで行って『何を描いているの?』と尋ねた。シェリーは他の子どもたちには見えないように、マリアだけにノートを見せた。そこには窓から見える湿地帯とその奥にある森、庭の先へ続く砂利道が描かれており、太陽が森の向こうへ沈む様子が描かれていた。

しかし、よく見てみると小さな文字で何か文章が書かれていた。

『emple hdad dell ikmo mwon thgi reva elote vahuoy』

マリアは一瞬何が書かれているのか分からなかったが、『elote』という言葉から、先日の夢の中でシェリーが発した言葉ではないかということに気づいた。シェリーはマリアにノートを持たせて絵を自分のほうに向けさせて、自分は手鏡を持った。マリアは思わず口を覆った。あの意味不明な言葉の意味が分かったからだ。

『youhav etole aver ight nowm omki lled dadh elpme』

『you have to leave right now mom killed dad help me』(早く逃げて、ママがパパを殺したの、助けて)

『これ、本当なのね?』

マリアは小さな声でほかの子供たちに気づかれないようにシェリーに尋ねた。小さくうなずくシェリーはマリアからノートを取ると、パラパラとページをめくり始めた。マリアには始め何をしているのか分からなかったが、ページの隅に小さな絵が連続していることが分かった。よくよく見てみると、それは人らしき絵が2つ上下に描かれており、上の人らしき部分から線が伸びてきて下の人らしきものに到達したのちに下の人らしき絵には赤いクレヨンでバツ印が付いた。

先ほどのメッセージと絵が重なった。

『ママがパパを殺した』『上から線が伸びてきて、下の人は×印』それは、ピーターが自殺ではなく、バーバラによって殺害されたことを暗示しているようだった。確かに思い返してみると、ピーターが首を吊っていた梁は天窓に近く、椅子を使ったとしても結構な高さがあり、一人で首を吊るにはロープを投げて掛けなければいけないため、不自然に思える点があった。逆に、天窓からならロープを垂らして輪っかをピーターに引っ掛けた後で、自殺に見せかけることが出来ない事も無いと思った。

マリアは、自分が虐待されており酷くおびえているにも拘らず、自分の危険を知らせてくれた事をシェリーに礼を伝え、とりあえず警察へ連絡しようと受話器を取った。

ちょうど玄関とリビングをつなぐホールに電話があるので、受話器を取った時に見えた光景にマリアは戦慄した。バーバラがこちらに向かって歩いてきていたのだ。

バーバラの口から語られた話

バーバラは旅行鞄を重たそうに持ちながら玄関のドアを開けた。子供たちは気配を察したのか寝室へと移動し始めた。

バーバラは『あら』とだけ口にすると、鞄をソファに投げ捨てて、冷蔵庫からビールを取り出した。マリアはバーバラの様子をつぶさに観察していたが、こちらに攻撃してくるような様子はなかった。シェリーの警告は考え過ぎだったのかと思っていた時、バーバラが口を開いた。

『で、警察には連絡したんでしょ?遺産の手続きとかは終わっているの?』

マリアは、警察からはバーバラが帰ったら葬儀の手配をすること、遺産の処理はある程度進んでいることを報告した。

続けて、『旦那さんを殺したのはあなたじゃないんですか?』と言い放った。

一瞬の間があったが、バーバラは開き直った様子でこう言った。

『よく分かったわね?どこかで見ていたの?まぁ、どっちにしても証拠はないしね。そうよ、あの人が私の意見に逆らったから邪魔になったのよ。あんたがシェリーの部屋でどうのって言いだしたから、秘密がバレる前に殺したほうがいいって話したの。そしたらあの人反対してね。あんたを守ろうとしたのよ。妻である私よりも、ベビーシッターで来たばかりのあんたを優先したのよ?そんなの許せると思う?手紙に秘密がバレるって書けばあの人が引き出しを開けるのは目に見えていたから、天窓のところでずっと待ってたの。案の定あの人は開錠するために下を向いたから牧場で使ってる縄で締め上げてやったのよ。いやー、うまく引っかからなかったらどうしようって思ってたけど、一発で行けたのは運が良かったわね。』

殺人を犯した人間は開き直るものなのかマリアには分からなかったが、バーバラの口調には何の躊躇いも無く悪びれた様子も感じられなかった。それどころか、自分がやったことは当然だと言わんばかりにマリアに犯行の一部始終を聞かせたのだ。

『さ、最後はあんたの番よ。あんたが居なくなって夫の遺産が入れば、私は里子たちを支援するけなげな未亡人でいられるのよ。牧場なんて近所の人を雇えばいいんだから。』

そういうとバーバラは鞄から拳銃を取り出した。

『里子を支援?自分の娘をあんなところに閉じ込めておいてよくそんなことが言えるわね!』

マリアはこれまでの鬱積した怒りを爆発させた。『あんたのことが嫌いだって事も、ピーターを殺したのもあんただって事も、全部シェリーが教えてくれたのよ!なんて惨めな母親なのかしら?』

それを聞いていたバーバラは、拳銃を落とした。

『シェリーから聞いた?ふざけないでよ!シェリーは1年も前に殺したんだから!』

今度はマリアが固まった。予想外の言葉だった。虐待をしていた事は間違いないが、この数日何度もシェリーと話した。ほかの子供たちもシェリーと遊んでいた。バーバラは何か勘違いをしているのではないか。そうマリアは思った。

『死んだってどういうこと?私は昨日も一緒に夕食を食べましたけど。』

マリアが語気を強めたためか、バーバラはガタガタと震えながらこう続けた。

『そ、そんなはずないでしょ。シェリーは、私達がクローゼットのところの壁に塗り固めて誰にも見つからないようにしてあるんだから。そんなはずないのよ!』

なんとこの母親は、虐待だけではなく自分でシェリーを殺めて、遺体を壁に塗り込めたと白状したのだ。子供たちの寝室にふと目をやると、シェリーが壁に隠れてこちらを見ていた。

『シェリーはあそこにいるじゃない。何を言ってるの?虐待のし過ぎで頭がおかしくなったんじゃないの?』マリアは蔑んだ目でバーバラを見た。バーバラは『どこにシェリーが居るのよ!』と意気込んだので、マリアはシェリーがこちらを見ている方向を指さした。しかし、そこにいたのはニクソンだった。

一瞬訳が分からなくなったマリアはいつもの口調に戻り、ニクソンに対してシェリーはどこに行ったのかということを訪ねた。するとニクソンは答えた。

『あのね、シェリーは居るけど居ないんだ。僕たちもシェリーが死んだのは知っているんだ。でも今でも僕らにはシェリーが見えるし一緒に遊んだり話したりもするんだ。きっとマリアは優しいからシェリーの事が見えているんじゃないかな。バーバラさんには見えないはずだよ。だって、そもそもシェリーは死んでいるから。』

まさかのニクソンの暴露にマリアは混乱した。

『ほら見なさい!やっぱり嘘じゃないの!』バーバラが強烈な剣幕でマリアを責めた。

マリアは混乱した。バーバラとニクソンの話を総合すれば、自分が見ていたシェリーの姿はバーバラに殺された亡霊だったという事か。にわかには信じられなかったマリアは呆然と立ち尽くしていた。その時、あの地響きのような轟音が鳴り響き、バーバラの後ろの窓が勢いよく割れた。

飛び散ったガラスの破片はバーバラを突き刺し、バーバラは大量の血を吹き出しながらその場に倒れ込んだ。何か言っているようだったが、バーバラの言葉は声にならず、ドス黒い血溜まりがバーバラを中心に床に広がっていった。

マリアは驚きはしたものの、バーバラにバチが当たったのだと考えていたので、バーバラが死んだことにそれほど何も感じなかった。それよりも、シェリーが死んでいると言う事が未だに信じられなかった。子供部屋を覗いてみたがそこにはシェリーの姿はなく、マリアは2階へと足を運んだ。

あのクローゼットを開けてダイニングから持ってきた懐中電灯で照らしてみると、今までは気づかなかったがクローゼットの奥の壁はなく、土壁が剥き出しになっていた。その土壁には白い布のようなものが見えたのでまさかと思って掘ってみると、それはシェリーの白骨化した遺体だった。シェリーの持っていたノートも一緒に塗り固められていたので、おそらく間違いはなかった。

シェリーの遺体を床に寝かせると、土壁の前に一通の手紙があることが分かった。比較的最近書かれたような新しい手紙だった。開いてみると、バーバラが出ていった日の夜にピーターがマリアに向けて書いた手紙のようだった。内容次の通りだ。

マリア

君をベビーシッターに雇ったことを今は後悔している。恐らく俺はバーバラに殺されるだろう。この手紙を読んでいると言うことは、シェリーのことも既に知っていると言うことになるな。

俺はシェリーを守れなかった。ずっと後悔の思いと償いの意味で里親を引き受けていた。ただ、最近はシェリーに恨まれているのではないかと言う猜疑心から、正直逃げ出したい思いだった。

君はシェリーに似て綺麗な瞳をしていた。だから、トウモロコシを盗もうとした君を咎めなかった。もう俺はこの世にいないだろうから、君さえ良ければシェリーと俺を同じ墓に埋めてくれ。俺の最後の頼みだ。

マリアは何かとても疲れたような、この1週間はなんだったのかと言うことを考えていた。昨日と同じように明るい月がシェリーの部屋を照らしているが、シェリーがもう居ないと言うことを信じられなかった。

ピーターの後悔を考えると、責めきれない思いが込み上げて涙が流れた。シェリーはきっと見つけて欲しくて自分の前に現れたのかもしれない。本当は母親に甘えたかった気持ちを、自分に頼ってくれたのかもしれない。そう思うと、なんともいたたまれない思いでシェリーの部屋を後にした。

全て終わったはずだった

マリアは死んだバーバラのこと、シェリーの白骨化した遺体のことを警察に告げるため電話を取った。警察はすぐに行くとマリアに告げ、30分も立たないうちにパトカーを寄越した。バーバラの死は事故という扱いになり、シェリーの遺体は行方不明者の死亡として扱われた。

保安官はマリアに話を聞いた後、里子たちの新たな受け入れ先を決めるため一時的に警察で預かることをマリアに告げた。そのあと、マリアにある話をした。

『やっぱりバーバラの仕業でしたか。正直ね、我々の間ではバーバラの証言には矛盾したところが多かったし、行方不明になってからシェリーに保険金をかけたり、変なところが多かったんで疑ってたんですよ。でもまあ、シェリーもようやく静かに眠ることができるんですかね。あの子も生まれつき声帯に障害を抱えていて、言葉を覚えるためにバーバラが懸命に対応してたんですが、それが元でおかしくなっちゃったのかな。』

『え?今なんて言いました?シェリーは虐待が原因で失語症になったんじゃなかったんですか?』マリアは保安官に詰め寄った。

『あー。あれもね、バーバラが公表内容にいちゃもんをつけてきたんですよ。地元では有名な農場の経営者というプライドがあったのか、先天性の障害があるなんて自分が責められるのが嫌だとか言って。もう、シェリーの事を愛していたのか憎んでいたのか。シェリーの魂が浮かばれてくれればいいんだけどね。じゃあ、我々はこの辺で。』

ポールから失語症と聞いていたのですっかり虐待が原因で喋らなくなったと思っていたマリアは衝撃を受けた。それと共に、あの夜聞こえた低い声は、夢に見たシェリーが喋っていたのはシェリーの声ではないということになる。じゃあ、一体誰の声だったのだろうか。

マリアが仕事を探す間、しばらく警察に身を寄せるためパトカーに乗ろうとした時、誰もいなくなったはずのマックイン家から、あの地響きのような音が聞こえた気がした。

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