【第1話】11月でも何故か寒いコンビニの話 -前編-

オリジナル小説作品
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祖父の日記の一番最初に書いてあった話です。もうそもそも奇妙なんですが、祖父が使っていたはずの日記に書いてあるのにコンビニの話が書いてあるんです。時代的に昭和20年前後に使用されていた日記にコンビニの話が書いてあるなんておかしいのですが、そんなことも相まって私の記憶にこびりついた話です。

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お人よしの老夫婦オーナー

山梨県韮崎市にあるコンビニを経営しているのは、もう80歳になる田村さん夫妻。サラリーマン時代に脱サラして一念発起でコンビニを開業しました。まだまだコンビニが日本に普及し始めたころだったので、本部へのロイヤリティの支払いが優遇されていたとか。

田村さんのお子さんは長女、次女、長男の3人ですが、次女の真理子さんは高校生の時に亡くなったそうで、今は長女の君枝さんと田村さん夫妻で数人のアルバイトさんと共にコンビニを切り盛りしています。長男の俊介さんは上京してサラリーマンとして働いています。

田村さんのコンビニは地域では唯一と言っていい、所謂田舎のコンビニなのでまぁまぁ繁盛しており、無理な販売をしなくても生活するには問題のない売上だったそうです。特にお客さんに好評だったのは田村さんのご厚意でお盆と年始には自分の畑で獲れた野菜をお客さんに送っていた独自サービスです。

『皆さんのおかげでねぇ、こんな年になるまで何不自由なく暮らせて行けてるんだから。恩返ししないとバチが当たる気がしてねぇ。いや、本音を言うと、家族だけじゃ食べきれないしね。はっははは。』

『本当だったら無人販売所でも作って売れば、もっと売り上げになるのに。田村さんお人よしですね。』コンビニの本部から来た住吉さんは当月の売上表を見ながら、ピシッとアイロンのかかったスーツを羽織って『じゃあ、来月もよろしくお願いしますね。これから寒くなりますからお体気を付けてくださいね。』そういうと、アルバイトの数人と立ち話をした後、甲府市のコンビニへと向かうため店を後にした。

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清司さんの独自サービス

オーナーの清司さんは、コンビニを始めて3年くらいたったころから『メニエール病』を患っていた。メニエール病は、女性に多い病気で男性が発症するのは珍しいですが、精神的なストレスから患う人が多いと言われる病気でもあるので、コンビニを立ち上げる連日の激務と、次女を亡くした時期が丁度1973年で重なったため、心労から来るものだろうと清司さんは思っていました。

メニエール病を患ってからは耳鳴りが酷く、お客さんと会話していても眩暈がしてしまうことがあり、還暦を迎えたころから老眼も進み、コンビニの営業については、奥さんの英恵さんと長女の君枝さんが主に店頭に立っていました。清司さんはバックヤードで慣れないパソコンを使いながら、帳面とにらめっこして、管理部分を受け持っていました。

清司さんが店頭に立つことがあるのは、お客さんからお中元や贈り物を注文された時でした。アルバイトが対応することもありますが、毎回清司さんはお客さんへ声をかけ『本当にありがとうね。ウチで買わなくたっていいのに。本当にありがとうございます。』と頭を下げていました。

『そんなことないよ田村さん、地域柄外に出ていく人が少ない土地だからさ、俺たちは一生田村さんのコンビニを使わせてもらうことになるんだしな。』常連の男性がそう言いました。山梨県は盆地という特性もあり、ほかの地域に比べて上京したりする人が少なく、生涯を山梨県で過ごす人が多いそうです。

『じゃあ、お預かりします。あ、今度の盆の野菜送りますから、あっちの帳面にもお願いしますね。』清司さんが常連さんにそう声をかけると、『いつも悪いね。田村さんちの長ネギは太くて甘くてうまいんだよなー。ガッハッハ。』常連さんはニコニコしながら田村さんが野菜を送るために記帳しているノートに、名前と電話番号と住所を書き込んで、アルバイトのスタッフに渡しました。

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11月には売り上げが下がる理由

誰が見ても順風満帆な田村さんのコンビニですが、唯一売り上げが下がる月がありました。

それが11月です。

品揃えが悪いわけではなく、本部の指示にも従い、清掃も行き届いていますが、必ず売り上げが平均の6割程度に下がってしまうのです。田村さん夫妻は理由はわかっていました。

田村さんのコンビニは霜が降り始める11月、なぜか店内が寒いのです。

もう10年以上こんな状態が続いているのですが、暖房をつけているはずが、バックヤードにあるコントロールパネルが故障しているのか、気づくと温度が下がっていて店内が寒くなってしまいます。田村さんの計らいで、店外に出たごみ箱の隣にセラミックヒーターを置いていますが、店内には置くことが出来ないので、お客さんが店内に入ることを躊躇うので、毎年毎年11月になると売り上げは落ちてしまうということでした。

『まぁ、なんでなのかね。12月になれば暖房も機嫌を直すから、お客さんには悪いけど仕方ないよね。』清司さんがそういうと、コンビニ本部の住吉さんが『暖房設備を変えたほうがいいんじゃないですか?そろそろ年数も年数だし、壊れているわけじゃないけどお客さんだけじゃなくて、アルバイトの子たちも寒いでしょうに』アルバイトの一人に目配せしながらそう言いました。

『そうだね。みんなには本当に悪いなと思っているよ。ただ、あの暖房設備はさ、』

『ですよね。真理ちゃんがなんでか気に入ったからあれにしたんですもんね。』

どうやら亡くなった次女の真理子さんが生前、コンビニを開店するときに店内の冷暖房設備のカタログを見ながら、これがいいんじゃないかと清司さんに勧めたそうです。コンビニの冷暖房設備はそれほど種類はないのですが、少ないバリエーションの中で、寒冷地用の大きな設備をつけるべきだというのが真理子さんの言い分だったそうです。

『真理は優しい子だったからね。お客さんの事を考えてワシに意見してくれたんじゃないかな。だから、ぶっ壊れるまではこの設備を使いたいんだよね。』清司さんは不意に遠い目をして、かすれたような声で住吉さんにそう告げました。『うん、わかってますよ。私もね、前の担当から引き継いだ時からの田村さんとのお付き合いですから。もう30年以上ですよね。ははは。』

住吉さんは田村さんの申し出を承諾し、本部にも話をつけてくれていて、強制的に暖房を取り換えるということはしないようにしてくれていたのでした。『すまないね。ワシももう歳だからもうちょっと若かくて目が良ければ、スパナがありゃ直しちまうんだけどな』田村さんは急に元気になったような太い声でそう言いました。

この話を聞いていたアルバイトは、正直作り笑いをするので必死でした。というのも、田村さん家族に対しては話を合わせていましたが、内面では寒い中で仕事をしなきゃいけない、しかもその原因がなくなった人の曰くのあるエアコンが原因というところから、心霊現象ではないかという噂がアルバイトの間では広まっていたからです。

ただ、11月にシフトに入ると無条件で時給を1.5倍にしてもらえること、売れ残りが多くなる総菜や弁当・おにぎりをもって帰れることから、1か月だけ我慢すればそれ以外は本当に良い職場環境だと感じていたのです。夜勤は田村さん夫妻が主に担当していましたので、それ以上に不満を口にするアルバイトはいませんでした。

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名前の思い出せない常連さん

11月に入って4・5日が経ったある日、夜勤で田村さん夫妻が営業していた時の話です。

『他にはないかね?』大きな大きなゴミ袋を抱えて清司さんが英恵さんに声をかけました。キリキリと音を立てて、年季の入った台車にゴミ袋を載せて、清司さんは店内をグルっと回りながら、ゴミ出しをするために出入口へと向かいました。お店の清掃には気を配っていた清司さんが、ゴミ出しの時に店内をグルっと回るのはいつもの事でした。

しばらくすると、ゴミ出しを終えて帰ってきた清司さんは息を切らしていました。いつもよりゴミの量が多かったのだろうと思った英恵さんは『大丈夫ですか?お茶でも入れましょうか』と声をかけると、『いや、ち、違うんだ。はぁはぁ。そんなことよりあの人なんて言ったかな。』途切れ途切れに清司さんがそう話し始めると、『あの、・・・8月くらいにミカンの箱詰めを仙台の娘さんに送ってた、なんだったかなー』清司さんは白髪もほとんど抜けかかった頭を掻きながらそう言いました。

英恵さんが顔は思い出せるけど名前が分からないし、ミカンの箱詰めは人気商品だから誰の事ですかねと清司さんに告げると、『・・・そうか。まぁ、いいんだ。さっきな、声を掛けられたんだよ。多分仙台の娘さんの人で間違いないと思うんだが。名前が思い出せなくて、いつもありがとうなんて言葉しか出なかったよ』清司さんは不意に遠い目をしてかすれたような声で言いました。

『そうですか。まぁ、また来てくださるんじゃないですかね。』英恵さんがそう言うと『そうだなぁ。今月来てくれるかな。11月だしな。・・・11月だからな。』清司さんはそう呟いて台車をバックヤードに持っていきました。『あー、これかな、上岡さん。上岡さんじゃないですかね。』英恵さんが例の野菜を送るための帳面をもって清司さんに声を掛けました。

『そうか。上岡さんか。あの人奥さんに先立たれてからあんまり来なくなっちまったからな。今年もお盆の時にしか見かけなかった気がしたな。上岡さん、奥さんの一件があった時のケガで喋り方が特徴あるんだよな。まぁ、基本的には無口だけど。』

この上岡さんというのはもうすぐ還暦になるころの年齢ですが、田村さんのコンビニが開店したころは働き盛りの若者で土方仕事を頑張って、しばらくすると地元の同級生だった奥さんと結婚した常連さんでした。昔からお酒が好きで、40歳になる前位に飲酒運転で捕まって断酒しますが、その後奥さんを急性の食中毒で亡くしてから娘さんを一人で育て上げました。田村さんの店にはよく通ってくれましたが、娘さんが仙台に引っ越してからは、なかなか店に来る姿を見かけなくなったそうです。

『暗かったし、顔はぼやけて見えなかったけど、声が多分あの人だったと思うな。』清司さんはそう言い、深夜のレジ金の締め作業を始めました。次の日、本来なら朝晩の人が午前5時に出勤したら、田村さん夫婦は仮眠を取るために帰宅しますが、清司さんは『上岡さんが来てくれるかもしれないから』と言って、バックヤードの休憩室で仮眠を取ることにしました。

『どれだけお客さん思いなんだろう』と早朝シフトのアルバイトは思いましたが、その日はお昼過ぎの配送トラックが帰っても、上岡さんらしきお客さんは来店せず、夕方の18時に清司さんも自宅へ帰りました。長時間ほとんど睡眠を取っていない清司さんを気遣って長女の君枝さんが代わりにその日の深夜シフトを担当することとなり、清司さんは自宅へ帰って布団で眠ることが出来ました。

君枝さんが清司さんの代わりを買って出たのは理由がありました。それは真理子さんの命日が近く、墓参りの予定であることを知っていたからです。アルバイトの欠勤や夜勤のシフトは、自分の予定を差し置いても代わりをしている清司さんですが、真理子さんの墓参りだけは『年に一度だけわがまま言わせてください』と周りの理解を得て2日間休みをとって、墓参りと真理子さんが好きだった近くの湖に出かけるのです。

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急用で出かけた清司さん

『今年も11月が終わるねぇ』

清司さんは湖のベンチに腰掛けながら、不意に遠い目をしてかすれたような声で呟きました。もちろん、一人で来ているので誰かに話しかけているわけではなく、亡き真理子さんに心の中で語り掛けるのでした。清司さんはかじかんだ手を合わせて、湖の向こう側を見つめながらお祈りをして、その後合わせた両手を少し膨らませて『ハァー』と息を吹きかけました。

ほんの一瞬だけ暖かくなった手のひらをこすり合わせながら、深いため息をついた清司さんは、英恵さんが作ってくれたおにぎりと、少し形のいびつな卵焼きの入った弁当箱をリュックサックから取り出しました。

11月の最後の週になると、来月の販売計画を印刷して鞄に詰めた住吉さんがいつものように店に立ち寄りました。『お疲れ様です。』住吉さんは笑顔でそう言いながら店内に入ると真っ直ぐバックヤードへ入っていきます。

『英恵さん、清司さんは?』バックヤードのスライドドアを少しだけ開けた隙間から、住吉さんが片目をこちらに向けて英恵さんを呼び止めました。『今日は真理子の墓参りに出かけているんですよ。悪かったですねぇ、先に電話して置けばよかったかしら』英恵さんはタバコの補充をしながら住吉さんにそう答えました。

『あぁ、そうだったんですか。ちょっと年末年始の話もあるから、清司さんと話がしたかったんですよね。夜勤の時間には戻ってくるんですかね?』『ええ、23時にはアルバイトの子たちが帰っちゃうから、それまでにはご飯を済ませて帰ってくださいねって言ってありますよ。あ、いらっしゃいませ。』

それを聞いた住吉さんは、アルバイトの学生にたわいもない話をした後、もう一度接客の終った英恵さんを呼び止めて『じゃあ、今日は夜にまた来ますね。もうすぐ12月ですから引き続きよろしくお願いします』そう言い残すと、一度も開けることのなかった鞄を肩に掛け直して、住吉さんは車へと戻っていきました。

後編に続く

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