【第0話】初めてお越しの方へ -このブログについて-

オリジナル小説作品
この記事は約13分で読めます。

初めまして。山村 京二(やまむら けいじ)と言います。世の中にたくさんあるブログの中から私のブログをご覧いただき、大変感謝するとともに少し複雑な気持ちです。というのも、このブログは単純なブログではないということをご説明しなければいけません。

まずは私の自己紹介をさせてください。

名前は山村 京二、男兄弟の長男としてありふれた中流家庭で育ちました。小学生の時にはポケモンが大ブームとなり、歌謡曲と言えばSPEEDやモーニング娘が全盛でしたかね。現在は中年になりましたので具体的な年齢はご勘弁ください。上京するまで電車なんて使わないような田舎に育ち、高校を卒業した後は免許を取って隣町の『お化けトンネル』に肝試しに行っていた時期もありました。・・・あの日記を手に取るまでは。

皆さんは、怖い話や幽霊話を信じますか?私はめっぽう信じないたちなのですが、怖がり屋なのでどちらかというと『信じたくない』というのが本音です。

春休みに起きた出来事

さて本題に入りますが、このブログを立ち上げたのはある日記を祖父母の家で発見したことから始まりました。私が中学3年の時です。春休みのはじめくらいだったと思いますが、自宅から近所だったことから祖母に『ステーキが食べたい』とねだって連れて行ってもらう約束でした。その日は祖父が畑仕事に出ていたので、家には祖母と私の二人だけでした。弟はその時部活に行っていたので、一緒ではなかったと思います。

お目当てのステーキをたらふく食べて満足した私は、仏壇のある部屋の隣の和室で昼寝をすることにしました。居間で祖母が何やら喋っていたようですが、多分、買い物に行ってくるから、帰るまでは留守番をしてほしい、というような話だったのではないかと思います。

うとうとしながら昼のワイドショーが流れるテレビをぼんやり見つめていたのですが、仏壇のほうから人の声が聞こえたような気がしたんです。『ばぁちゃんかい?』と声を掛けましたが、当然20分以上前に祖母は買い物に出ていきましたのでそんなはずはありません。

気のせいだと思い、またぼんやりテレビを眺めながらうつらうつらしていると、不意に押し入れのほうが気になったのです。ホラー特集で聞いたことがあるような『誰かに見られている気がする』というやつです。祖父母の家は古い家で、日本人形やなくなった家族の写真が飾ってあるような和室でしたので、どうせ気のせいだと思っていたんです。いつも祖父母の家に来るとそんな気はしていたから。

その時です。

ガタガタっと何かが音を立てて落ちたような気がしました。その音は先ほど誰かの視線を感じた押し入れから聞こえているのは間違いありませんでした。『飼い猫のタマかな?』と思い何のけなしに押し入れの戸を開けるとあるものがパタンと私の足元に転がってきました

古い日記帳でした。この写真は感染症が流行り出す前位に撮影したので、3・4年前くらいに撮影したものです。かなり傷んでいて、いくつかのページは落ちた衝撃でバラバラになってしまいました。『なんだこれ』と思って座布団を引っ張り出してそーっとページをめくりながら読んでみました。すると、祖父が戦争が終わり、学校に通い始めたくらいに書き始めた日記帳であるということが、何となく文面から読み取れました。

『本日、剛が風邪こじらせ医務室にて寝込む』

『幸代の母の弁当は、ご飯が多くてなお美味い』

そんな中学生の僕にとってはどうでもいい、ありふれた日常というよりも、今で言えばSNSの一言のような文章が走り書きで記されていました。『じいちゃんもこんな学生時代があったんだなー』なんて飛ばし読みしていると、1枚のページが破れて落ちかけたギリギリのところで、リングにぶら下がっている状態になったページを開きました。

そのページを開いたとき右肩の下のほうがゾクッとしたのを覚えています。怖いというよりも『これはなんだ?』という疑問と突拍子もない文面に少し驚いたというのが適当かもしれません。そこには次のように書かれていました。

怖気(おぞ)ケルハ敵国ニアラズ。真ニ怖気ルハ人ノ念ニアリ。恨ミツラミ交ワリ得モ言ワレヌタルヤ、恋(こい)コガレタルヤ、ソノ念ハ万里ヲ渡リケル。今コレヲ読ミ入ル其方(そなた)ニモ我ガ実ニ降リカカリシ事柄ヲ伝エン。

古文の先生

初めてこれを見た時にはなんのことか分からなかったのですが、後々になって古文の先生に聞いたところ、『怖いのは敵国でもなく人の念である。恨みや妬み、恋をすることもどんな距離さえ超える。今あなたがこれを読んでいるということは、私の経験したことも伝わるということ』というような意味だと聞きました。しかし、先生からあることを聞かされて少し胸騒ぎがしました。それは、この文章は古文のように見えて古文ではないというのです。どうやら、古文のように現代人が書いたもの、少なくとも戦後に書かれたものだというのです。

どうしてそんなことがわかるのかと先生に尋ねると、給食の牛乳をすすりながら先生はこう続けたのです。

『いいか、まずは文章としておかしい部分がある。それは”得モ言ワレヌタルヤ”の部分だ。古文の表現のようには見えるがこれは違う。言われぬに続けて”タルヤ”というのは文法としておかしい。』

確かに言われてみればなんか変な感じがします。先生は、続けてこう指摘しました。『さらにだ、もしこれを戦争よりも前に誰かが書いたとしたら、”恋”という字は使わないはずだ。』

先生に教えてもらったのは、『恋』という字は戦後にできた漢字であり、旧漢字では”戀”と書くようです。ということは、この文章は戦後の教育を受けた人物が書いたものであり、現代文で書けばいいことを、わざわざ古文のようなカモフラージュをしているというのです。だとするならば・・・

僕はここまで先生の話を聞いて怖くなったので御礼を言い急いで廊下に飛び出しました。『まさか、じいちゃんが・・・でも何のために?いや、よく見ればじいちゃんが書いたと思っていた日常の走り書きとは筆跡が違う。じゃあ、ばあちゃんか?』『でも、ばあちゃんは左利きの特徴的な字を書くから、それも違う気がするな・・・じゃあ、誰がこれを?』

春休みが明けた学校は、少し暖かい風が校庭から吹き込んでいて、私は背中に冷たいような温かいような不気味な感覚を覚えていました。とりあえず、体にまとわりついた春の生暖かいような風と、自分の脳裏を取り巻く漠然とした不安を振り切るように、私は、下駄箱にぶつかりそうになりながら上履きを履き替え、昼休みの校庭にサッカーをしに行きました。

高校受験を終えて

高校受験の季節になると、私はすっかり例の日記の件は頭になく、勉強に明け暮れていました。ただ、運命というのか、宿命というのか、私はまた日記のことについて、考えざるを得ない状況に追い込まれるのでした。

ようやく高校が決まり、その旨を祖父母に報告するために母と祖父母宅を訪ねた時のことです。高校が決まって良かった、勉強を頑張りなさいというありふれた会話をした後に、普段は無口な祖父が私に声をかけてきました

『ご先祖さんにも報告しろ。仏壇に線香をあげていけ。あ、それが終わったら和室に来い。』

私は特に何も疑問に思わず、言われた通りに仏壇へ向かいました。母と祖母はお祝いの夕飯を作るということで、弟を連れて台所で支度を始めています。昼間でも少し暗い仏間なので、夕方になると、電気をつけないとつまづいてしまいそうな雰囲気でしたが、私は祖父に呼ばれていたこともあって、足元に注意しながら仏壇に手を合わせて線香をあげました。蝋燭が溶けたニオイと、線香の独特の匂いが混じりあって、仏間は独特の雰囲気に包まれていました。すると突然、

『おーい』

祖父の声でした。『今行くよ』と僕は応答して久々の正座に痺れた足を引き摺りながら、祖父が待つ和室へ向かいました。『もしかしたら高校合格の小遣いでももらえるのかな』と淡い期待をしていた私は和室の襖を両手を添えて開けました。

『えっ』

声にならないような声でそう呟いた私でしたが、咄嗟に体が固まりました。なぜなら、そこには両手をまるで縛られたようにガッチリと合わせて、天井につきそうなほど高く伸ばし、体はあの押入れに向いているにもかかわらず、頭は天井を見つめている祖父の姿がありました。

しかも不気味なのは、和室の電気がついていませんでした。何が起きているのか分からなかった私は、多少の動揺と大きな恐怖に包まれ、急いで襖を閉めました。

10秒ほど『見てはいけないものを見てしまった』と身動きが取れないでいると『京二』と私の名前を呼ぶ祖父の声がしました。少しビクッとしながらも恐る恐る襖を開けると、そこにはいつも通り座布団に胡座をかいた祖父がいました。

祖父から聞いた驚愕の話

『さっき・・・』と言いかけたか否か覚えていないくらいの速さで『座れ』と祖父に促されました。言われるがまま祖父の隣に腰を下ろした私に、祖父は次のように語りかけました。

『じいちゃんもなぁ、最初はよく分からなかったんだが、京二と同じくらいの歳になったくらいから、あの日記に書いてある事が夢に出てくるようになったんだよな』

『日記』という言葉を聞いた瞬間に、私の背筋はゾッとする何かに包まれ鳥肌が立ちました。日記を見たこと、そこに書いてあったよく分からない文章を見たこと、春休みに起きたあの日の出来事を、祖父には話したことがなかったはずですが、全てわかっているようでした。『いや、じいちゃん・・・』私が言いかけると、『いや、わかっとるから大丈夫だ。でもな、』そう言って、祖父は私の話を遮って続けました。

『元々はワシの日記だったんだ。戦後の学校ってのは、読み書きを特に集中して教え込まれてな。その一環で学校から配給されたのがあの日記帳なんだ。でもな、戦争が終わるまで竹槍の持ち方しか知らなかった坊主頭のワシだったから、日記を書きなさいと言われても大したことが書けなかったんだ。先生には随分と叱られてな。ははは。だから、ワシの日記は大体が走り書きなんだ。』

そうだったのか。だからじいちゃんの日記はほとんど走り書きのような。つぶやきのような、どうでもいいようなことしか書いてなかったんだ。

だとしたら。だとしたらだ。

『ああ、そうなんだ。』

祖父は私の心を読んでいるかのように、例のあの文章について説明し始めました。

『あれはワシが書いたもんじゃないんだ。突然いつものように日記帳を開いたら書いてあった。元々はなかったページにだ。そんで、最初はなんだかよく分からなかったから放っておいたんだ。次の日になると、1日分のページにびっしりと日記が書かれていた。』

『次の日にはまた違う内容でびっしりだ。先生には褒められたなぁ。でも、内容が不気味だから、おかしくなっちまったんじゃないかって親が学校に呼ばれてな。』

そこまで話すと、祖父はタバコを取り出しました。祖父は昔からタバコが好きでした。薄紫色のポロシャツの胸ポケットからマッチ箱を出すと、手慣れた様子で祖父はタバコに火をつけました。

『京二は怖がりだったよな?』

咥えタバコで祖父は片目でこちらを見ながらそう言いました。

『う、うん。』

『だからな、一応話しておいた方がお前のためになるかと思ってな』

2回吸って1回吐くというのが祖父のタバコの吸い方の癖でした。

『あの日記はな、あの日記はどうも気味が悪いんだ。じいちゃんも苦手な日記を書かなくて良くなったんだが、あの日記が勝手に書かれるようになってから妙なことが起きた。あの日記に書かれた話が夢に出てくるようになった。しかもな、夢ってのは大体ぼんやり浮かんで、シャボン玉みたいにパッと目が覚めるだろ?それが違うんだ。最初から最後まで、日記に書かれた話が始まって終わるまで、鮮明に自分の体験として夢で出てくるんだ。それに、、』

喋りながらタバコを蒸かしたからか、祖父は少しむせていました。

『それにな、話が全部おっかない話ばかりでな。まあ、おっかないって言っても幽霊とかそういうことじゃない時もあるんだが、あんまり気持ちのいいもんじゃない話ばかりなんだ。』

ということは、これから自分がそのような体験をしなければいけないのか、私は真っ暗闇で道に迷ったような、大きな不安に包まれました。

『それから?それからどうなったの?』

『おお、やっぱり気になるか?』祖父は少しイタズラっぽい顔で私を見ながら、『あの文章はな、謎かけになってるんだ。』と根元まで燃えたタバコを灰皿に押し付けながら言いました。

あの日記に書かれているたくさんの話は、あの文章のヒントになっているんだ。それを頭の中で繋がったと思った瞬間に目の前がパァーっと明るくなって、それまで書かれていた話は全部日記から消えちまった。夢に見るのもその頃からなくなったんだ。』

要はこういうことです。

学校の配給でもらった日記に突然変な文章と変な話が勝手に書かれ始めた。その日記に書かれた話は夢に出てきて擬似体験することになった。擬似体験の中でヒントを掴んで文章の意味を理解した時に目の前が明るくなった。その後は夢に見ることは無くなった。

にわかに信じられない話でした。そんなことがこの世の中にあるのだろうか、私の頭の中には祖父の話を疑うことの方が、その時の思考を埋め尽くしていました。

『だったらじいちゃんが教えてくれれば』

そう言った私の右手を押さえて、『それはダメだ!』と祖父は語気を強めた。途端にビクッとした私に、押さえた右手から手を離し私の肩に手をかけて、『それはお前が自分で見つけ出さないと意味がないんだ。見つけられなければずっと彷徨うことになる。』そう祖父は私に言って聞かせました。

『じいちゃんが京二に伝えられるのはここまでだ。それと、この事は誰にも相談したらダメだ。自分から相談したら謎が解けても元には戻らないんだ。ただ、あの日記を京二のあとに、自分から読むようなもの好きが居たら別だ。今度はそいつが謎解きの番になるんだ。その時は京二は役目を終えるんだ。』

その日の夕食は私の好きなハンバーグでした。祖父は日本酒を煽って酔っていたので、さっきの和室での話を切り出すような雰囲気ではありませんでした。食事の最中、祖母から高校進学について何か聞かれたような気がしましたが、正直何を聞かれて何を答えたのか覚えていません。

高校に進学すると、部活に勉強に忙しくてなかなか祖父母と会う機会はありませんでした。高校2年の10月、祖父が亡くなりました。あの日に日記の秘密について話をしてから、祖父と対面したのはその時が初めてであり、最後になってしまいました。

祖父の四十九日が終わってすぐ、私は夢を見ました。それからずっと。そして今も。

このブログの目的

昔話が長くなりましたが、結論から言うと、私はまだ日記の夢に悩まされています。1日でも早くこの呪縛から解かれたい一心で、このブログを立ち上げたのです。日記に書かれた話をこのブログに転記する事で、少しでも謎解きをするヒントを得たいと思いました。

ただ、安心してください。話の内容は現代風にアレンジして、今これを読んでくださっている皆さんが日記の呪縛に囚われないよう配慮してあります。夢を見てしまったら、、、別の話ですが

是非私を助けてください。それぞれの話とあの奇妙な文章をつなぐヒントにお気づきの方は、是非コメントやその他どんな方法でも構いませんのでご協力お願いします。もしもこの呪縛が解けないまま、私が人生を終えるとしたら。考えるだけでも身震いがします。そんな話ばかりで、逃げたい気分になります。

見ず知らずの方々にこんなお願いをするのも申し訳ないのですが、何卒宜しくお願いします。

2023年9月14日 山村京二

※当サイトをご利用に当たっては、下記も併せてご覧ください。

コメント

タイトルとURLをコピーしました