【第15話】ドレスコード -前編-

オリジナル小説作品
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長年添い遂げた夫婦が、前夜の食べ残しのピザのように味気ないものになってしまうのは、きっと満足感によるものだと思いたい。逆に、青春時代は誰にとっても輝かしいもので、あの時の心の高鳴りはどれだけ時間が経とうとも色褪せないものだ。

このお話は、『韓流ブーム』で日本中のマダムがテレビにくぎ付けになった頃の、とある女性たちが巻き込まれた恐怖の話だ。

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微笑みの貴公子

『ちょっと、パジャマは脱いだら洗濯籠に入れてって何度も言ってるでしょ。自分で洗濯すらしないくせに、いい加減にしてくださいよ』

夫が洗面所に脱ぎ捨てた灰色のスウェットを拾いながら、亜里沙は呟いた。夫は缶ビール片手にテレビを観ていて、きっと亜里沙が何を言ったかさえ聞いてないことも分かっていた。唯一意識を向けたのは、しゃがんで拾ったスウェットを持ちながら体を起こすときに『よっこいしょ』と言わないようにすることくらいだった。

町田 亜里沙(まちだ ありさ)は40代後半の専業主婦だ。夫とは26歳の時に結婚しもうすぐ結婚生活も20年を迎えようとしていた。子供は居らず、特に夫婦仲が悪いという訳ではないが、若かったころの睦まじさは既に消え去っていた。夫は鉄道会社で働いており、課長として数名の部下を抱える立場にあるためそれなりの給料をもらっており、生活自体は何の問題もなかった。

夫は役職者であり会社自体も大きいことから接待が多く、平日は殆ど帰ってくるのが遅かった。そのためか、週末になるとゴロゴロしていることが多く、最近頭皮が目立つようになった頭を掻きながらソファーでテレビを観ながら休日を過ごすことが多かった。

亜里沙はそんな生活に不満があるわけではなかったが、毎日同じような日々の繰り返しで家事をこなしているのは、何となく退屈で仕方が無かった。昔の夫なら、登山や紅葉など外出に誘ってくれることもあったが、最近では『せっかくの休みなんだから』が口癖となり、週末に二人で出かけることはスーパーの買い物くらいしかなかった。

そんな亜里沙が夫の夕飯を差し置いても熱中しているのが『韓流ドラマ』だった。特に、『冬のソナタ』の主人公であり『微笑みの貴公子 ぺ・ヨンジュン』にぞっこんだった。夫も亜里沙が冬ソナにハマっていることは理解しており、分別をもって楽しんでいるのならと否定的な見方はしていなかった。

亜里沙の家はバブル期に購入した建売住宅だった為、日中にやることのない亜里沙は近所の奥さん連中と井戸端会議をしていることがほとんどだった。そんなご近所さんの中で、2軒隣の相川 紗代(あいかわ さよ)とは冬ソナの趣味が一致しており、夕方過ぎになってほかの奥さん連中が自宅へ帰っても二人だけでヨン様の話で盛り上がることがしばしばあった。

『先週の放送、出かけてて観られなかったのよ。ちょっと録画したビデオ貸してくれない?』

『いいわよ。もうラストシーンのセリフが堪らないのよ~。』

『ダメよ!それ以上言わないで!楽しみがなくなるじゃない!』

二人はいつも自分のヨン様愛を語り合いながら、味気ない生活にささやかな彩を添えてくれる韓流ブームを楽しんでいたのだ。

日本中が韓流ブームに熱狂するようになると、各地で冬ソナを扱ったグッズや本など、商業的にもどんどんブームは加速していった。亜里沙と紗代は、専業主婦という立場上それほど自由に使える金があるわけでもなく、金をつぎ込むような熱中はしていなかったものの、どうしても気になっていることがあった。

『ねぇ、やっぱり韓国のキムチって辛いのかしら?食べ物って同じアジアだから日本と変わらないのかしらね?』

『やだ相川さんたら、何が目的で貯金してきたのよ(笑)。せっかくの機会なんだから食べ物なんてどうでもいいじゃない。』

二人が話していたのは、この1年間頑張って貯金して計画していた3泊4日の韓国旅行だった。韓流ブームに乗って旅行会社各社が企画したものではあるが、需要と供給の原理でその金額はなかなか値が張るものとなっており、二人はお互いの夫に相談の上、了承が取れた内容で貯金をして、それが貯まったら申し込もうと話していた。実際のところ、この韓国旅行が二人のこの1年間の生きる活力と言っても過言ではなかった。

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裏路地の金券ショップ

やっとのことで目標にしていた金額が貯まったので、晴れて亜里沙と紗代は韓国旅行を本格的に計画し始めた。お互いに専業主婦であったため、夫の了承が取れればあとは日程調整をするだけのはずだった。『はずだった』というのは、二人が予想だにしなかった事態が発覚したからである。

それは、いざ申込みをしようと雑誌で片っ端から調べてみたが、どこの旅行代理店もツアーが満席となっており、直近で予約が取れる旅行スケジュールが見つからなかったのだ。今のようにSNSが発達した時代でもないし、インターネットなんて触る機会はなかった二人は、家事以外の時間は予約できるツアー探しに没頭していた。

ある晩の事、韓国旅行の進捗について夫に相談した亜里沙に、夫からこんなアドバイスをもらった。

『まぁ、最近はどこの旅行会社でもやってて相当問い合わせが殺到しているらしいからな。うちの鉄道でも、旅行のツアーに合わせて臨時便が出るか出ないかって話が挙がったくらいだ。もし相川さんちの奥さんが行けるなら、秋葉原の昭和通り改札を出た通りの一本裏にある店に行ってみるといいぞ。』

夫から聞かされたのは、旅行チケットを正規の値段よりも安く売っていたり、鉄道回数券を安く売っているような金券ショップの様な店だった。亜里沙が韓国旅行の予約で四苦八苦しているという事を知っていた夫が会社の人に聞いてくれたのかと思い、ほんの少しだけ夫の事を見なおした。明日の酒のつまみは刺身を買ってくると言ったら、夫は上機嫌になった。

次の日、夫から聞いた金券ショップの件を亜里沙は紗代に話した。

『やっぱり大きな会社に勤めてる旦那さんは、知ってる情報量が違うわよね。うちの旦那なんて、”だったら延期したらいいんじゃないか”だって(笑)。もう嫌になっちゃうわよ。』

例の金券ショップには週末の土曜に行くことになった。秋葉原までは電車でそれほど時間もかからないことは分かっていたが、どうせ行くならランチをして買い物もしたいという意見が二人とも一致して、週末を待って秋葉原に取りあえず出かけてみることにした。

土曜日の秋葉原駅は人でごった返していた。昔ながらの電気街と所謂『オタク文化の聖地』としての秋葉原が混在しており、その独特の雰囲気は変わり映えのしない日常に飽きていた二人を少しだけ刺激した。そのせいか、二人は買うはずのなかったクレープを二つも注文して、ランチを食べた後のデザートとして2,000円も使ってしまっていた。

横断歩道を渡るのも大変な程人で溢れかえった駅前の通りだったが、亜里沙の夫から聞いていた裏通りへ入ると道は狭いがそれほど人が居ないので落ち着いて歩くことが出来た。建物がどれも大きく、昼間だというのに陽が当たらない裏通りは、何となく陰気で同じ秋葉原とは思えないような雰囲気だった。逆に、駅前がごみごみしすぎているのか分からなかったが、二人は目的の金券ショップへ向かうため、食べかけのクレープを片手に歩いていた。

夫が目印だと言っていた白く丸い看板が目に留まった。それ以外に白い看板が無かったし、店頭にはたくさんのチケットや鉄道切符が並べられていたので、恐らくここが例の店で間違いなかった。その店は、近所で見かけた事のある、たい焼き屋やアイスクリーム屋の様な小さな建物に、カウンター越しの店員が椅子に座っているという感じの店だった。

店員は50代くらいの男性で禿げ上がった頭を隠すためなのか、赤いキャップを被っていた。眼鏡をかけた色黒の顔はどこか不気味な感じはしたが、カウンター越しに発せられた男性の声は意外に高く亜里沙と紗代は驚いた。中肉中背の体格で猫背なところを見ると、きっとこの店を長くやっているんだろうと二人は思った。

『すみません、韓国旅行のチケット売ってますか?』

亜里沙が店員に声を掛けると、手元で何かしていた作業を止めて店員の男性が喋り始めた。

店員:『いらっしゃい。女性二人ってことは冬ソナ関係をお探しで?』

亜里沙:『そうなんですよ。どこの旅行会社もいっぱいでなかなか取れなくて。』

店員:『まぁ、そうだろうね。うちも韓国ツアーは売り切れだな。でも、国内ならいいのがありますよ。』

紗代:『国内だったら、意味ないよね?他探す?』

店員:『いや、ちょっと待ってください。これはね、ちょっと違うんですよ。』

赤いキャップのツバをクルっと後ろへ向けて、店員の男性が話し始めたツアーは次のようなものだった。

実は、岐阜県の各務原市(かかみがはらし)にある『学びの森』という市民の憩いの場があるそうなのだが、そこに最近『冬ソナストリート』という名所が隠れたブームになっているというのだ。秋には銀杏並木が黄色い絨毯を作り冬にはイルミネーションも施されて非常に綺麗な場所だとか。

町おこしも兼ねて岐阜県と共同で最近になって冬ソナをテーマにしたツアーを企画しており、国内で企画されている韓流関連のツアーの中では群を抜いてクオリティが高く人気だという事だ。

ツアーオリジナルのグッズストアを貸し切りで利用出来たり、高級ホテルで特別ディナーが楽しめたりと、単純な旅行としても楽しめるはずだと店員は力説した。また、今はキャンペーン中なので、シークレット企画もあるという事で、予算が合うならどうだと二人に勧めてきた。

確かに韓国に旅行に行っても冬ソナの出演者に会えるわけでもなく、所謂『観光スポット巡り』になるだろう。だとしたら、冬ソナを楽しめる内容だとしたならば、国内の旅行に切り替えてもいいんじゃないかと亜里沙は紗代に話した。

二人が相談していると、店員の男は気になる一言をポツリと二人に呟いた。

店員:『ただ、ちょっとだけドレスコードが面倒かもしれません。それもこれも”お楽しみ”があるってことで勘弁してもらえるなら、損はないと思いますよ。』

店員の男性が差し出した紙切れには次のようなことが書いてあった。

  • 3か月以上健康的な生活を送ってからツアーへ参加する事
  • 健康診断で『優』判定を受ける事
  • 結婚式などと同じように正装で品のいい貴金属を持参する事
  • 一部バス移動で目隠しをする為、ウォークマンとヘッドホンを持参する事
  • ATMや銀行が近くにないので、ある程度の現金を持参し、自己管理する事

亜里沙:『わざわざ旅行に行くのに健康診断を受けろっていうの?しかも結婚式と同じような正装って。』

紗代:『いや、これってもしかしたら当たりかもよ。これだけ色々指定があって目隠しまでして移動するってことは、その先できっと・・・』

その後は二人は勝手な妄想を膨らませてワイワイ言いながら、店員の男性が勧めた岐阜県の冬ソナツアーを申し込むことにした。もちろん、今申込みをして枠は押さえるものの、健康診断の結果によっては延期になることもあるとの忠告も了承した上でだ。代金は健康診断の結果が出てからで良いというので、申込書にサインをして亜里沙と紗代は秋葉原を後にして自宅へ帰っていった。

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念願叶って

秋葉原から帰る電車の中でも、二人は金券ショップでの妄想話に花を咲かせていた。もし自分達が思い描いているような事が実際に起きるとしたら、願ってもないチャンスだ。テレビで見る冬ソナのファンは熱狂的で、ペ・ヨンジュンのイラストがデザインされた喫茶店のコースターでさえ奪い合うほど、その人気は過熱していた。

しかし、亜里沙も紗代も1年ほどの間グッズを買いたい気持ちを必死に抑えて、この旅行のために何とか貯金を続けてきたのだ。その努力がようやく報われる。そう思うと、二人はまるで意中の先輩から声を掛けられた女子高生のように、上ずった声で電車の中でも騒いでいた。

自宅へ帰ると、相変わらずソファーに深く腰を下ろして新聞を見つめている夫の姿が目に入った。

『あなた、例の旅行の件決まりそうよ。あなたに教えてもらったお店で予約できたの。』

ここ数年これ程夫に感謝したことはないと亜里沙は言わんばかりに、満面の笑みで夫にそう告げた。どうせ大した話は載っていないだろう新聞記事を、鼻が付きそうなほど近づけて読んでいる夫は上の空で答えた。

『・・・ああ、そうか。それは良かったなぁ。』

亜里沙は金券ショップの事を教えてもらったことには感謝したものの、自分の趣味や自分の話に全く興味を示さない夫の態度には、どこか複雑な気持ちを覚えた。

それから3か月間、亜里沙と紗代の新たな戦いが始まった。金券ショップで受け取った例のドレスコードを、まるで憧れのモデルの写真であるかのように崇めながら、健康診断に向けて体づくりを始めた。

朝食はジャムをたっぷり塗ったパンから納豆や卵などの消化の良い内容に変更し、ランチで出かけた際にもまずはノンオイルドレッシングをかけたサラダを食べるように意識した。夕飯は豚肉や牛肉をなるべく避けて、ヘルシーな鶏肉や豆類を多く食卓へ並べることが多くなった。

当然運動にも励んだ。長年専業主婦という『仕事』を続けていた亜里沙と紗代の体は完全に鈍りきっていたので、夫を送り出した後の散歩ですら、当初は体のあちこちが悲鳴を上げた。それでも人間の体というのは驚異的な適応力を見せるもので、2か月が過ぎたころには、朝と夕方に1時間づつジョギングが習慣になるほど二人は運動の習慣を身につけていた。

運命の健康診断の当日は市役所の3階にある会議室で薄い青い服に着替えて、健康診断を受けたが、脈拍が早いというのが亜里沙と紗代の共通点だった。運命の結果が無機質な封筒で届くのは10日後くらいだと聞かされた。その日から二人は、意味もなくポストを調べてみては、まだかまだかと健康診断の結果が届くのを心待ちにしていた。

『最近痩せたんじゃないか。やり過ぎは逆に体に悪いからな。』

ある日の夕飯時に夫が亜里沙に対してボソッと呟いた。亜里沙は自分たちの努力が見た目にも表れていることに対しての喜びを感じたが、夫の言い方に少し気になるところを感じた。

『どういう意味?』

亜里沙が夫の真意を訪ねてみたが、『別に』と言って自分の茶碗だけを片付けようと夫は台所へ行ってしまった。どうせ自分の事なんて気にしていない夫の言葉に深い意味はないと思った亜里沙は、そろそろ健康診断の結果が届くはずだと思いながら、豆腐とインゲンの味噌汁を啜った。

次の日の朝、夫を送り出して玄関の掃き掃除をしていると、血相を変えて走ってきた紗代の姿があった。

『やったわよ!健康診断問題なかった!優判定よ!』

箒と塵取りを両手に持っている亜里沙に対して抱き着いた紗代はそう叫んだ。亜里沙は朝起きてからポストを見ていない事を紗代に伝えると、急いでポストを確認してみた。そこには市役所からの薄茶色の封筒が入っており『健康診断結果通知』の文字があった。紗代を自宅に上げて二人で封筒を開けると、亜里沙も見事優判定を受けた。二人はうっすら涙を浮かべながら喜びを噛みしめて、その週末例の金券ショップへ再度足を運ぶことにした。

健康診断の結果と週末に秋葉原へ行くことを夫にも伝えた。気を付けていってこいと言うこと以外は何を言っているか分からないくらいボソボソと喋っている夫に苛立ちを感じたが、亜里沙はようやく自分たちの目標を達成したことの方が重要であり、気持ちは既に旅行への想いでいっぱいだった。

週末の秋葉原はまた人でごった返していたが、2回目となる金券ショップの訪問に二人は迷うことはなかった。健康診断の結果を手にして急ぎ足で向かった二人を、あの赤いキャップの中肉中背のシルエットが迎えた。

『ああ・・・その顔は、大丈夫だったという事ですね。では、正式に手続きとお支払いをお願いします。』

詳しい話をせずとも二人の顔色で察した店員は小さな声でそう呟いた。指定の代金を払い、申込書に署名と捺印をして、晴れて二人は冬ソナの穴場スポットへの旅行のチケットを手に入れた。空は晴れ渡っていたが、金券ショップの隣にあった小さな電機屋にあるテレビからは、行方不明者のニュースが流れており、亜里沙は聞こえないことにして二人は金券ショップを後にした。

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高鳴る期待

亜里沙と紗代は、来る冬ソナツアーに向けて万全の準備をした。今まで買ったことのない洗顔パックを使ってみたり、美容室にも言って身なりを整えた。ドレスコードにあった『正装』に見合うような服も新調した。

貴金属は流石に新たに購入とまではいかなかったが、それでも自宅の押入れを漁って結婚式以来着けたことのなかった真珠のネックレスやサファイヤのイヤリングを見つけた。どれもこれも、ツアーで待っている『サプライズ』の為だ。

出発当日は、荻窪駅から貸し切りのバスが出た。神奈川県厚木市方面へ南下し、御殿場を抜けて静岡、浜松と経由し名古屋市を抜けたところに目指すべき岐阜県各務原市があった。休憩時間を含むと片道で5時間近くの長旅だが、それでもツアーに期待を膨らませている亜里沙と紗代にとっては、遠足に行く小学生のように全てがワクワクした感情をもたらしていた。

予定よりも早く荻窪駅に到着した二人は、指定された北口のバス停で時間が来るのを待った。とりとめのない話をしているうちに、話題はツアーへの根拠のない妄想へと発展して、ここでも二人はキャーキャー言いながら紺色と灰色のスーツケースを片手に今か今かとバスが来るのを心待ちにしていた。

あたりを見回すと、同じようにスーツケースを持った女性たちが10名前後いるのが目に入った。自分たちと同じように『おめかし』しているところを見ると、きっとツアーの参加者だろう。季節は秋口だったので、ロングコートを着ている姿が多かった。

集合時間の8時45分になると、緑色と白の模様が印象的なバスが、バス停へとゆっくり停車した。フロントガラスの中央上部には『冬ソナツアー御一行様』という仰々しいパネルが、クリスマスで使うような金色のモールで装飾されて掲げられていた。

バスが停車するとプシューっという音と共にバスの乗り口が開いて、青い帽子を被った添乗員らしき男が降りてきた。歳は60代後半と言ったところで、もしこのバスツアー以外で出会っていたら、工事現場の交通整理の仕事をしているような、現役は引退したのだろうという雰囲気の男性が、亜里沙と紗代を含む女性たちに声を掛けた。

『岐阜県行きのツアーバスです。乗車の際に、お名前の確認をさせていただきます。一列に並んでいただけますか。』

添乗員の男性がそう言うと女性たちは一列に並び始めたので、亜里沙と紗代もその列に加わった。亜里沙がバスの中を覗き見ると、ふとあることに気付いた。バスの中には運転手を含めて数名の人影が見えるが、いづれも男性だった。乗り口で荷物を預け、衣類や貴金属は別々にバスに載せた。ドレスコードで指定してくるだけあって、管理はしっかりしているんだと亜里沙は思った。

参加者は亜里沙と紗代を含めて13名だった。いづれも思い思いの服装や髪型で着飾って、中には冬ソナのヒロイン『ユジン』役を演じた『チェ・ジウ』そっくりの髪型やメイクの女性も数名見られた。亜里沙は、心の中でほんの少しだけ『負けた』と思った。

バスが動き出して数分したころ、添乗員の男性からツアーの工程が参加者に伝えられた。その内容は次のような内容だった。

  • 1日目:バスで各務原市へ向かい名古屋のドライブインで昼食。ホテル到着後自由時間とし、夜は特別ディナー。
  • 2日目:午前中はツアー限定のセレクトショップで買い物。午後は『冬ソナストリート』を始め観光スポット巡り。
  • 3日目:10時にチェックアウトしてホテルを移動。行先はシークレットの為移動中は目隠しをしてもらい、持参のヘッドホンを着用。
  • 4日目:ツアー終了。

想像以上に豪華な内容に参加者たちから拍手が起こった。特に初日の特別ディナーや2日目のセレクトショップはこのツアー限定の内容となるため、参加者たちは他では体験できない内容に色めき立っていた。当然一番の興味の的だったのは3日目のシークレット内容だったが、飛び交う質問に対して添乗員の男性は『それはシークレットですので』と参加者の期待を煽った。

高鳴る期待を抑えきれずにそれぞれ勝手な妄想をする参加者だったが、添乗員の男性は説明が終わると自分の席へと腰を降ろした。誰にも気づかれないように静かな不敵な笑みを浮かべて。

後編に続く。

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