【第12話】二つに一つ -後編-

オリジナル小説作品
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佐智子と訪れた寂れた神社で待ち受けていたのは、若い女性の霊媒師だった。その霊媒師の言うとおりにしたところ、佐智子は生き別れた母親と神社の境内で再開することが出来た。驚愕の力に驚きながらも、隼人は自分の知りたい祖母の真相について霊媒師の力を頼ることにする。

しかし、本当に知ってしまってもいいのか。知らないほうがいいのではないかという揺らぎの中で隼人はホテルへと足を向けた。

叔母の執念

佳代から休息を取るよう促された隼人はホテルへ到着したが、今日の出来事が気になって全く寝付けずにいた。6畳ほどの小さなホテルの個室でベッドに横になりながら窓に打ち付ける雨音を見つめて、隼人はあることを思い出していた。

それは、叔母が山梨から隼人の自宅がある東京へ越してきたころの話だった。

当時、祖父が起こした事件に関する事情聴取や、経営していたコンビのを廃業するための手続きなどが残っていたが、心労が絶えず外出できる状況ではなかった叔母に代わって隼人の父の俊介(しゅんすけ)が外部とのやり取りをすることがあった。しばらくして叔母の状況も改善し、父が叔母の手伝いをしている時に奇妙なものを発見したのだという。それは、祖母を殺害したと思われる人物に関する調査資料だった。

叔母の字で記載された資料には以下の様な事が書かれていた。

  • 犯人の想定
    • 上岡(祖父が殺害した被害者)の娘。恐らく母さんの例の件で元々母さんに対して怨恨を抱いていた。だから母さんも同じように毒殺されたんだと思う。
  • 犯人の居場所
    • 高校生の頃に仙台に引っ越したという話を聞いたことがあるが、現在どこにいるのか分からない。でも、『萩の月』で母さんを毒殺したことから、事件の時には仙台に居たと思われる。
  • 近所の人に聞いた犯人の特徴
    • 私は何度か子供だった娘を見かけた事はあったが、昔のことでよく覚えていない。近所の人に聞いたところ、あまり目立たない子だったので覚えている人は少なかった。ただ、2丁目の安田さんから聞いた話によると、公民館の裏の家が火事になる2日前に、上岡の娘がそれを予期するような話をしていたらしい。気持ち悪い娘だ。

そもそも、真理子を弄んで上岡が殺したことが原因だった。母さんだって、上岡に散々振り回された挙句に振られて傷ついていた。母さんの例の件が本当だとしても、自業自得ではないのか。いや、それを肯定してはいけないと分かってはいるが・・・上岡だけは許せない。上岡の血を引く娘も。絶対に許さない。私の人生を滅茶苦茶にしたあの一家を根絶やしにするまでは・・・

いくつかの写真や資料と共にこんなメモが机の中にしまってあることを見つけた父は、叔母に対して『変な気は起こすな』と注意したことがあった。それを聞いた叔母は逆上して父につかみかかってきたという。

その話を父から聞いた時に一緒に聞かされた話では、叔母がそうなってしまうことも無理はないという。

というのも、叔母の妹にあたる真理子が上岡に殺された時、叔母は大学進学を控えていた。しかし、真理子の件があり憔悴しきっていた祖父母を助けるため、進学をあきらめてコンビニの経営に入った。結婚もせず両親を支えることに全てを注いでいた叔母にとっては、あのコンビニでの時間が半生と言ってもいいだろう。

その全てを壊した上岡の言動と、上岡に対する恨みから豹変してしまった祖父、得体の知れない人物から恨みを買った祖母。叔母にとっては悔やんでも悔やみきれない事実だったのだろう。父は隼人に対してそんな事を話してくれたーー

鳴りやまない雨音の中、隼人は複雑な思いでいっぱいになった。自分の家族は何故こんなにも不幸に見舞われるのだろう。叔母の人生は何のために存在するのだろう。だからこそ、佳代と話したときも祖母を殺した犯人が生きていると聞かされてひどく混乱したのだろう。こんな事なら、佳代の言葉を信じて本当の事を知らないほうがいいのではないか、知ってしまったら自分もどうにかなってしまうのではないか。

月明りさえ差さない暗雲を見つめながら、隼人はいつしか眠っていた。

知らないほうが良かった事実

次の日朝5時50分に目が覚めた。いつもよりもかなり早い時間に起きたが、早く起きたというよりも眠れなかったというのが正しい。昨晩布団に入っても、今日佳代から真実を教えてもらう事への不安と恐怖が大きくなっていた。とりあえず身支度を済ませてボーっとテレビを観ていると7時になったので、ホテルのフロントでもらった朝食チケットを持って食堂へと向かった。

宿泊にセットになっている朝食はバイキング形式の朝食だった。あまり食欲もなかったが、昨晩も何も食べずに寝てしまったので、とりあえず腹ごしらえをすることにした。スクランブルエッグとウインナーと納豆、みそ汁とご飯を茶碗に軽く一杯。気休めのオレンジジュースをトレイに乗せると、隼人は隅っこの方の席に腰を下ろした。

平日という事もあり食堂はそれほど混んでいなかったが、話し声や朝食を準備する音でガヤガヤしていた。たくさんの人が朝食を摂っていたが、隼人は一つの事で頭がいっぱいで周りを気にする余裕はなかった。何気なくよそったウインナーの焼き加減が自分の好みで美味しいと思ったくらいで、朝食も作業のように口へ運んだ。味噌汁を飲みながら隼人はあることを考えていた。

それは、昨日の叔母の様子だった。佳代から祖母を殺した犯人が生きていると聞かされた時の叔母の震え方は尋常じゃなかった気がしたのだ。悔しくて震えているのか悲しくて震えているのか、それとも・・・。何かを悟っているような気がしてならなかった。もしかしたら叔母は何か自分に話していない事を隠していたのではないかという事が頭から離れなかった。

佳代との約束の時間までは3時間ほどあったが、ホテルのチェックアウトギリギリまでホテルで横になっていた。外に出ても行く宛が無いし、どこかに出掛ける気分でもなかったからだ。空は良く晴れ渡っており太陽が眩しかったが、隼人の心はどこか雲がかかったような霧がかかったような、どんよりとした気持ちでチェックアウトを済ませてバスに乗った。

最寄りのバス停で降りると、例の神社まで歩いて向かった。途中で見かけたコンビニに立ち寄っておにぎりとお茶を買って昼食代わりにした。そろそろ予約の時間になると思った頃、神社の鳥居が見えてきたので、お茶の入ったペットボトルをバッグにしまって隼人は境内の中に入っていった。

いつも通り順番待ちをしていると名前を呼ばれたのでプレハブの中に入っていった。佳代はいつも通りのいで立ちだったが、今日は何か様子が違って見えた。それは、隼人が座る側の簾が上がっており、あまり見えなかった佳代の顔がはっきり見えたからだ。どこにでも居そうな色白の女性で、細い目が特徴的な小柄な女性だった。

『どうぞ。』

佳代は座布団に座るよう隼人を促すと、大きく深呼吸をして話し始めた。

『叔母さまはあれから大丈夫でしたか?』

隼人は問題は無かったと話した。

『そうですか。では、始めますが、本当にこれ以上先に進んでも後悔はないですか?』

妙な聞き方だ。隼人はどういうことなのかと聞いてみたが、佳代は答えることは無かった。

『ここで終わりにするか、本当の事を知るか。今一度お考えになってください。その返答を持って最終判断とします。』

隼人は考えた。佳代の力は偉大だ。その佳代が、辞めた方がいいのではとアドバイスするということは、恐らく自分にとって不都合な事実もあるのだろう。きっと、佳代にはもう全てが見えているのだろう。祖母は殺された事実、その犯人は生きているという事実。それは昨日の段階ではっきりした。今日はその先の真実について聞くことが出来る。しかし、聞いてしまって後悔するくらいなら、このまま帰った方がいいのではないか。隼人は佳代が灯した蝋燭の灯のようにユラユラと揺れていた。そして、暫くの沈黙の後、真実が知りたい旨佳代に告げた。

『わかりました。』

そう言うと簾を上げたまま佳代は鏡の方へ向いていつもの祝詞を上げ始めた。今日は目を瞑るようには言われなかったが、隼人はいつも通り目を閉じて手を合わせた。祝詞が終わってこちらを向いた佳代は驚くべきことを口にしたのだ。

『お婆様を殺した犯人はーーーー私です。』

語られた事件の話

呆然とする隼人に佳代は、あのか細い声で話を続けた。

『お婆様に毒入りの和菓子を送って殺したのは私です。私の本名は”上岡 佳代”。あなたのお爺様が殴り殺した常連客の娘です。そして、あなたのお婆様に母を殺されたのです。』

隼人は佳代のか細い声とは裏腹に、その強烈な内容と鋭い眼光に度肝を抜かれた。そして、佳代もまた自分と同じように”犯罪被害者”として戸籍名を変更していたことを初めて知った。佳代が言っていた『知らないほうがいい事実』とはこういう事だったのか。しかし、一つ気になったことがあった。それは、祖母が佳代の母を殺したという事だ。叔母からそんな話は聞いたことが無かったので、恐る恐る佳代に尋ねてみた。

『叔母様から聞いたことがあるかもしれませんが、私の父とお婆様が恋仲だったというのは本当だったようです。しかし、私の父がお婆様との関係を終わらせないまま母と付き合い始めて結婚したというのも事実です。故に、全ての始まりは父の身勝手な行動にあると思っています。』

淡々とした表情で佳代は話を続ける。

『お婆様もお爺様も、私の父を恨んでいるのはよくわかります。それは本当に申し訳ないと思っています。しかしーーーー母は別です。母は、父とお婆様の事を何も知らずに父と結婚しただけだったんです。そして私が3歳の頃、お婆様から贈られた私の誕生日祝いのお菓子を食べて、私の母は死にました。私の目の前で泡を吹きながら痙攣し、美しかった顔を歪めながら白目を向いて倒れたまま逝ってしまいました。』

なおも佳代は淡々と喋り続けたが、佳代の頬をうっすらと涙が伝っているのが隼人には分かった。

『母が亡くなってから父は一人で私を育てました。しかし、仕事の疲れやストレスから逃げるように酒を飲むようになりました。後に知りましたが、酒を飲んだ後に自分の欲望に任せてあなたの亡くなった叔母様を強姦し殺してしまったという事を知りました。私はどうしたらよいか分からなかった。何故自分だけが憎しみの連鎖に巻き込まれなければいけないのか、自分の運命を呪いました。

あなたのお爺様に父が殺された後、天涯孤独になった私は仙台に居りましたが、死に際の母の顔が忘れられず、悲しみから逃れるために服毒自殺を図りました。同時に、お婆様に復讐したのです。でも、私は死にきれなかった。この悲しみが分かりますか?だから、”全てを伝えるために”私は巫女になってあなた方を探していたのです。』

自分が知りたかった祖母の死の真相を、まさか祖母を殺した相手から聞かされるとは思ってもみなかった隼人はその場に固まっていたが、佳代の生い立ちを聞くとやるせない気持ちになった。確かに佳代の話が正しいとすれば、佳代の母親は何も悪くなかった。しかし、祖母が逆恨みして佳代の母を殺してしまった。隼人は何がなんだか分からなくなり混乱し始めた。そんな隼人に佳代がまた語り始めた。

『私を殺しますか?』

唐突な問いかけに隼人はギョッとした。

『私を許すことが出来ますか?出来ないなら、この場で殺していただいて構いません。私はあなたの大切なお婆様を殺めたのです。恨んでも恨みきれないでしょう。赦すか、赦すまいか。二つに一つです。その判断はあなたにお任せします。私の意は決しております。』

隼人の視点で考えれば確かに佳代を許すことは出来ない。しかし、隼人に人を殺めるという考えは無かった。とは言え、佳代を許すことが出来るのかというとそれはまた別の話だ。どうしたらいいのか隼人は分からなくなってその場でうずくまった。

『叔母様ならきっと私を殺すでしょう。先日叔母様といらしたとき、叔母様は私の正体に気付いていた事でしょう。幼いころ私は叔母様にお会いしたことがありますので、顔は覚えていらっしゃるのではないでしょうか。私自身もあの時すでにあなた方の事は分かっていました。きっと叔母様は、あなたに私の正体を告げることと私に対する恨みで葛藤されていたのではないかと思います。』

確かに叔母の震え方や表情は尋常ではなかった。それであんなに震えていたのか。隼人は妙に納得感のある佳代の話を聞いていた。しかし、佳代の問いかけに答えられる筈もない。叔母がどうあっても、自分が佳代を殺す動機にはならないと思ったからだ。

『あなたがこの場で私を殺すなら、恨みを晴らすことが出来るでしょう。しかし、そうなれば私と同じように一生人殺しの十字架を背負って生きていくことになります。佐智子さんにもそれを隠して生きていくことになるでしょう。私を許すなら、お婆様の魂が浮かばれるかはわかりませんが、人として真っ当な人生を選択することが出来ます。さあ、選択なさい。あなたは過去と未来、どちらを選びますか?』

ジリジリと詰め寄ってくるような佳代の話振りに隼人は躊躇ったが、佳代を許す選択をした。

『そうですか。本当にいいのですね?後悔はないですね?そうなれば私は人生を全うすることになります。』

佳代は何度も尋ねた。隼人は小さく頷いて佳代の目を見て答えた。

『わかりました。では、お帰りなさい。』

そう言うと佳代は鏡の方へ向いて静かに口を閉じた。案内スタッフに促されて外に出た隼人はぐったりとして神社のベンチに倒れ込んだ。夕陽が境内の地面を照らしている。あれだけ追い求めていた祖母の死の真相がわかったとて、何も残らなかった。ただ、隼人は憎しみの力に打ち勝ち佳代を許すことが出来た。それだけで今日ここに来た意味があったんだと自分に言い聞かせながら今夜のホテルを予約した。

割れた窓

隼人はホテルの部屋に入ると、佐智子に電話した。当然例の事件の真相を全て話すことは出来なかったが、今まで話せなかった自分の生い立ちや、佳代に話をして前向きに生きていくことが出来るようになった事、そしてそれは佐智子が佳代を紹介してくれたからだという事を告げた。

佐智子は最初こそ隼人の祖父母の事について動揺していたが、話してくれた事、全てを受け入れて生きていくことを応援すると言ってくれた。電話口の向こうでは佐智子の母が夕食の準備が出来たと話していた。明後日またバイトで会おうと話して電話を切った。

次の日の電車の中では、隼人はすっかり疲れておりうつらうつらしながら新幹線に揺られていた。恐らくもう京都に出向くことはないだろう。そうなれば必然的に佳代と会うこともないだろう。両親が亡くなってしまった佳代の事を考えると、隼人は胸が痛んだ。しかも、それが自分の肉親と関係がある事件に人生を翻弄されてしまったという事が、哀しさと無念さで溢れていた。

新幹線の車窓を眺めながら、人の思いというのは本当に奇妙なものだと隼人は感じていた。佐智子はずっと思い続けていた母に会えたが、佳代は叶わない思いを抱えてこれからも生きていくのだ。最寄り駅で電車を降りると、重い足取りを引き摺りながら隼人は自宅へと向かった。

自宅の玄関を開けると、居るはずの叔母の姿が見当たらなかった。周りに住宅の少ない隼人の家では、それが妙に静かに感じられた。

『ただいま』

リビングに誰も居なかったので2階の叔母の部屋へ向かいながら階段を上ると、やけに風が入ってくるのを感じた。窓でも開いているのだろうかと部屋へ入ると、隼人はギョッとした。窓ガラスが割れて、カーテンを揺さぶりながら風が入ってきていた。何事かと思った隼人は、急いでリビングの台所脇にある監視カメラのモニターへ急いだ。

監視カメラのデータを確認すると、やはり30分ほど前の部分で異常アラートがついていた。隼人は恐る恐る監視カメラの映像を再生してみた。

映し出されたモニターには、隼人が思った通り部屋で書き物をしている叔母の姿があった。しばらくすると叔母は玄関の方へ降りて行ったが、次の瞬間大きな声で叫んだ。

君枝:『何しに来たのよ!』

玄関の映像を確認すると、そこには佳代が立っていた。

何も言わずに家の中に歩み入る佳代に対して叔母は少ししり込みをしながら、急いで佳代の後を追って自分の部屋へ入った。

君枝:『どういうつもりよ!?』

叔母は佳代に向かって叫んだ。すると、佳代はあのか細い声でゆっくりと話し始めた。

佳代:『隼人さんが昨日私のところにいらっしゃいました。彼が知りたいとおっしゃったので、真実をお伝えしたところです。もう、あなたはお気づきだったんでしょう?』

少しも表情を変えずに佳代はそう告げた。

君枝:『あんたの所へ行った日に、すぐに思い出したわよ。伊達に接客業をしていたわけじゃないからね!あんたのその虚ろな目つきは子供の頃から変わらなかった。』

叔母が恨みがましく佳代に言い放った。

佳代:『そうでしょうね。きっとあなたにとっては、父の次に恨んでいるのは私でしょうね。さぁ、私を殺しますか?』

佳代は隼人に告げた様に表情を変えずに叔母にそう言った。

君枝:『母さんと同じように毒殺してやろうと思って準備していたけど、あんたの方からやってきたんだったら、今この場で殺してやるから!』

隼人は背筋が寒くなった。興奮気味の叔母に対して佳代はこう続けた。

佳代:『そうですか。ではお好きになさい。でも、本当の事実を知らずに私を殺してしまったら、後悔はしませんか?』

君枝:『は?事実?あんたが母さんを殺したってことでしょう!?そんな事は事件の時に分かっていたわよ!私はあの時からずっとあんたの仕業だって思っていたわよ!』

佳代:『・・・やはり何も知らないのですね。』

君枝:『何がよ!』

佳代:『では、お教えしましょう。』

そう言うと佳代は、茶封筒を袖から取り出して叔母の足元にパタリと落とした。それを拾うと叔母は封筒の中から数枚の書類を取り出し、中身に目を通した。見る見るうちに叔母の顔面が青くなっていくのが、監視カメラの粗い画像でもみて取れた。

君枝:『こ・・・これって・・・』

佳代:『はい、DNA鑑定書です。』

それぞれの人生

叔母は手に持っていた書類を落としてしまうほどブルブルと震えて、膝から崩れ落ちた。

佳代:『それは私とあなたが姉妹であるというDNA鑑定書です。以前ご祈祷にいらした際に預かった毛髪を鑑定に出しました。私とあなたは血縁関係にあるということです小野瀬さん。いやーーーー姉さん。』

なんと、叔母と佳代は血のつながった姉妹だった。佳代の話は次のような内容だった。

佳代:『先日父の5周忌があり、久しぶりに父の実家を訪れる機会がありました。そこで、ある手紙を見つけたんです。差出人はあなたのお母さま。彼女が父と恋仲だった頃、丁度父が別れを切り出したころの手紙の様でした。

実はあの時、英恵さんは父との子供を妊娠していました。自分に出来た初めての子供だったことから堕胎するつもりはないということと、親権をどうするということが手紙には書かれていました。父はあなたのお母さまと別れるつもりだったので全く関心が無く、お母さまは妊娠したまま田村清司さんとご結婚なさったのです。』

君枝:『ちょ、ちょっと待ってよ。だとしたら、その妊娠した子供ってーーーー』

佳代:『そうです。それが君枝さん、あなたです。』

隼人は監視カメラの映像を見つめながら『えっ!』と驚きの声を漏らした。

佳代:『この事実を確かめるために関係機関に行きましたが、確定的な証拠がつかめずDNA鑑定が必要であるという事が分かりました。そこへ運よく隼人さんとあなたが訪れたという訳です。』

君枝:『・・・じゃ、じゃあ、私の実の父親は・・・』

佳代:『あなたが憎んでも憎みきれなかった”上岡 勝”(かみおか まさる)が父なのです。』

佳代はか細い声でそう告げたが、監視カメラを見つめる隼人には地鳴りのような衝撃が走ったような気がした。自分の家族の不幸を招いた全ての元凶の男、叔母が家族をも殺してやりたいと憎んだ男、それが実は自分の実の父親だったとは。薄汚い獣だと思っていた上岡。その血を引く佳代を長年恨んできた。だからこそ許せない気持ちでいっぱいだった。

でも、実は自分自身が、恨み続けた上岡の血を引く存在だった。

佳代:『私たちは母違いの姉妹。あなたのお母さまは何も知らなかった私の母を殺した。私の目の前でのた打ち回って死んでいった母は、何の落ち度もなかった。それなのに・・・あなたのお母さまは・・・。あなたが私に対して恨みを持っていたように、私もあなたたち家族に対して恨みを持っていた。あなたと私に血縁があるということは、あなたが恨んだ男の血を引いているという事。この事実をあなたに知らせて苦しませることが、この数年間私の生きがいだった。ごめんね、姉さんーーーー』

君枝:『じゃあ、私の人生はなんだったの・・・』

監視カメラに映る叔母はそう呟くと、何を言っているのか分からない言葉を喚きながら窓ガラスへ飛び込み部屋中にガラスが飛び散った。隼人は息を飲んだが、暫くして監視カメラから何かが潰れるような鈍い音が聞こえて寒気を感じた。すぐに表を確認しようとした隼人だったが、監視カメラ越しに佳代がこう続けた。

佳代:『これを後で観ている隼人さん。あなたにももう一つお伝えすることがあります。』

隼人はギクッとして監視カメラを見つめた。

佳代:『あなたは私を許した。きっと佐智子さんにもご自身の事を打ち明けたのでしょう。でもそれは、間違った選択でした。だから”本当に覚悟があるか”と、私はあれだけ忠告したのに。佐智子さんにはお父様がいらっしゃいません。その理由をご存じですか?佐智子さんのお父様は地元の山梨県で不動産管理会社を営んでいました。幼いころにお母さまと生き別れてしまった佐智子さんを、お父様は一生懸命に育てた。あなたのお爺様とお婆様が経営されていたコンビニの土地管理も佐智子さんのお父様がなさっていました。

あの事件があって、佐智子さんのお父様の会社は立ち行かなくなり、お父様は自ら命を絶ったのです。仕事の事はお父様が全て行っていたようで、佐智子さんも御存じなかったようです。しかし、今回の件で自分の父親が自害した理由があなたの家族にあると知った佐智子さんは、どのようにお感じになりますかね。人の因果とは残酷なものですーーーー』

そう言うと、佳代はゆっくりと部屋を出て、玄関の扉を開けると出ていった。玄関を出る時、佳代はこれまで一度も見せたことがない、それでいて、この上ない不気味な笑みで監視カメラを見つめていた。

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