オーディオブックと運動のデュアルタスクが軽度認知障害(MCI)の認知機能低下抑制に有効であることを示唆する研究論文が『日本早期認知症学会誌』に掲載

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研究のポイント

この研究では、65歳以上の要支援高齢者を対象に、オーディオブックを用いた二重課題トレーニングの1年間にわたる長期介入効果が検討されました。複合的運動プログラムのみを行う群(対照群)と、同プログラムにオーディオブックを用いた二重課題を週1回追加した群(二重課題群)の2群で、認知機能(MoCA-J)の変化が比較されています。

  • 認知機能の維持: 対照群では認知機能が有意に低下しましたが、二重課題群では有意な変化がなく、認知機能が維持されました。

  • 臨床的意義のある改善: 1年後の評価において、二重課題群はベースラインから0.79点改善し、対照群では1.25点低下しました。両群間の「介入前後の変化量」の差は2.04点(P=0.024)となり、臨床的意義があるとされる基準(MCID:2点)を上回る結果となりました。

認知機能スコアの変化量グラフ

これにより、オーディオブックによる二重課題の長期的な有効性が示唆されました。また、本手法は、計算やしりとりなどの従来の定型課題で課題となっていた「慣れ」や「飽き」を解消し、1年間のプログラム遵守率86.1%という高い継続性が確認されています。

研究概要

本研究では、65歳以上の要支援高齢者68名を対象に、1年間にわたる比較試験が実施されました。

比較した2つのグループ

  1. 複合的運動のみを行うグループ(対照群 35名)
    週2回、理学療法士による個別リハビリに加え、レッドコードを用いたバランスエクササイズ、エルゴメーターによる有酸素運動、5種類のマシンを用いた筋力トレーニング、およびコグニバイクを含む複合的運動プログラムを合計約90分実施しました。このプログラムには、パソコン画面を見ながら運動する「コグニバイク(二重課題)」も含まれており、従来から認知症予防に有効とされる標準的な介入を十分に行っているグループです。

    通常の運動プログラムの内容

  2. 運動 + オーディオブックを行うグループ(二重課題群 33名)
    上記の標準的な運動プログラムに加え、週に1回、リハビリ時間のうち15〜20分間を「オーディオブックを用いた独自の二重課題トレーニング」に充てました。

トレーニング内容

本研究で行われたトレーニングは、運動と知的活動を同時に行う「二重課題(デュアルタスク)」です。

  • 運動しながらオーディオブックを聴く: 足踏みなどの有酸素運動を行いながら、物語や実用書のオーディオブックを10分間聴きます。

  • 想起(アウトプット): 運動終了後、聴いた内容を思い出し用紙に記入します。また、前回聴いた内容を確認しながら音読を行うプロトコルも実施されました。

    オーディオブックを用いた二重課題トレーニングの実施風景

比較実験の結果

軽度認知障害(MCI)の検出に有効な認知機能検査「MoCA-J」を用いて評価した結果、対照群と二重課題群の間で有意な交互作用(P=0.027)が認められました。対照群は認知機能スコア(MoCA-J)が有意に低下した一方で、二重課題群は1年後も低下が見られず、良好な数値を維持しました。

この結果により、単なる運動だけでなくオーディオブックの聴取と想起という知的刺激を組み合わせることが、認知機能の低下を抑える上で有効であることが示唆されています。

受賞論文の詳細

  • 論文名: 「複合的運動プログラムとオーディオブックを用いた二重課題トレーニングによる認知機能低下の抑制効果 ―軽度認知障害および主観的認知機能低下を有する要支援高齢者に対する準ランダム化並行群間比較試験―」

  • 執筆者: 中村祐輔(ベルピアノ病院 リハビリテーション室)、前河知佳(ベルピアノ病院 リハビリテーション室)、重森健太(関西福祉科学大学 保健医療学部)

  • 掲載誌: 『日本早期認知症学会誌』(Journal of Japan Society for Early Stage of Dementia)第18巻第2号、75-84頁、2025年12月3日発行

  • 受賞: 第13回 日本早期認知症学会 論文賞

論文執筆者からのコメント

  • 中村 祐輔氏(ベルピアノ病院): 「今回の研究では、オーディオブックを用いた二重課題トレーニングが、1年間の長期介入においても認知機能低下の抑制に寄与する可能性を示しました。計算などの定型的な課題とは異なり、内容が常に変化するオーディオブックは、楽しみながら継続できる点が特徴です。本研究の結果は、シニア世代における持続可能な認知症予防プログラムの一つとして、今後の社会実装に貢献できると考えています。」

  • 前河 知佳氏(ベルピアノ病院): 「運動習慣や家事動作と組み合わせて日常生活に取り入れやすい点が大きなメリットです。タブレット端末やスマートフォンの操作に慣れていれば、どなたでも手軽に始められると思います。臨床場面において従来までの認知課題では、次第に『慣れ』が生じることで『飽き』を招き、継続が難しいと感じる場面がありました。その点オーディオブックは、入院患者様や通所型サービス利用者に向けた認知症予防ツールとしても親和性が高いと考えています。」

  • 重森 健太氏(関西福祉科学大学 保健医療学部 リハビリテーション学科 教授): 「我が国は高齢化の進行に伴い、認知症者の増加が深刻な社会課題となっています。特に、判断力や注意力を担う前頭葉の機能低下は、日常生活の自立度に直結するため、いかに前頭葉を鍛え続けるかが重要です。本研究は、オーディオブックを用いた二重課題トレーニングが、楽しさを保ちながら前頭葉を効率的に活性化し、認知機能低下の抑制に寄与しうることを示した点で非常に意義深いものだと考えます。オーディオブックは歩行や家事などの日常の動作と組み合わせやすいため、従来の認知課題に比べて飽きることなく継続しやすいという大きな利点があります。こうした“楽しみながら続けられる認知症予防”は、今後の高齢者支援において重要な役割を果たすと考えられます。」

研究の背景と目的

2040年には、高齢者の約3.3人に1人が認知症または軽度認知障害(MCI)になると推計されており、国内の認知症の人の数は増加傾向にあります。運動と知的課題を組み合わせる「二重課題(デュアルタスク)」は認知機能維持に有効とされていますが、従来の計算などの課題は慣れ(学習効果)により刺激が弱まるという課題がありました。本研究では、コンテンツが豊富で常に新しい刺激が得られる「オーディオブック」に着目し、学習効果を最小限に抑えた長期的な有効性が検証されました。

今後の展望

今後も「耳で聴く」体験を通じて、健康寿命の延伸、QOL(生活の質)の向上に寄与する社会実装が推進される予定です。

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